略歴は中身とセットで読んでほしい

阿部 今回は、僕の新刊『あの日、選ばれなかった君へ』の刊行記念トークです。この本の帯に、「不安なのは、君が本気だからだ。」という言葉を入れています。日常生活を振り返ってみると、「選ばれたかったけど選ばれない」というのはあると思うんです。それは受験だったり、就活だったり、失恋も、一生懸命やっていたけど試合に出られなかったりとか。仕事でも様々な局面で選ばれない経験ってありますよね。やっぱり落ち込むし、自己嫌悪になったり、ヤケを起こしてしまいそうになったりとかあると思うんです。

芝山 本にも書いてありましたけど、阿部さんって負けてきたからこそ、選ばれなかった側のほうから見るんやろうなって思いました。

「人を立ち上がらせたり、背中を押してあげたりする本ですね」芝山大補(しばやま・だいすけ)
ネタ作家
1986年兵庫県生まれ。2007年、NSC大阪校に入学。2009年、2011年には、それぞれ別のコンビでキングオブコント準決勝進出。2015年にはフワちゃんと「SF世紀宇宙の子」を結成。同コンビを解散後は、ネタ作家に転身。賞レースのファイナリスト、セミファイナリストなど、芸人300組以上のネタ制作に携わる。2019年からは、「笑いの力で人間関係に悩む人を救いたい」という想いから、お笑いの技術を言語化して伝える「笑わせ学」に取り組む。講義やイベントでの指導、YouTubeやTikTokでの活動を通じて、多くの人に芸人の技術を伝えている。発売即重版となった初の著書『おもろい話し方』が絶賛発売中。

阿部 そうです。負けてきたっていう気持ちが強いので、選ばれなかったなという思いが胸にあって、そういうところに目が行ってしまいます。一生懸命になればなるほど、不安にもなるし、でもそれは本気という証しでもあって。選ばれなかった時、まるで世界の終わりみたいな気持ちになるんですけど。いろんな可能性や組み合わせがある中で、たまたま合わなかった、ご縁がなかった、本当はそれだけのはずなんです。それをどうやって受け止めて、どうやってリスタートするのか? 自分の気持ちを立て直すのか? このことをテーマに書き上げたいと思って。会社の先輩は、選ばれるためにどうすればいいかをすごく教えてくれると思うんですけど、選ばれなかった時に、どうすればいいかっていうのは、なかなか語られていないなと。

芝山 まぁ、そうですね。普通はね。

阿部 かつての自分、選ばれなかった自分を「君」として、今の自分が声をかけるとしたらどんな言葉をかけるのか? あの時よりも少しだけ成長している自分がどんな声をかけるのかをテーマに書いています。そしてもう1つ、年齢を重ねていくと幸か不幸か、 自分が選ぶ側に回らざるを得ないことってあると思うんですよね。やっぱり誰かに選んでもらえるのは、実はちょっと楽だったなと気づいたり。「誰か選んで!」って思いたくもなったりするんだなと。

芝山 阿部さんの講座に通った生徒の僕としては、やっぱ阿部さんはスーパーマンのイメージですもんね。悩み事とかないんでしょう、みたいな。

阿部 いやいやいや、強いだけの人なんてどこにもいないじゃないですか、やっぱりね。

芝山 弱音を聞いたことがなかったからね。弱い部分がこの本でたくさんわかりました。

阿部 この本でまさに自分を開いたわけです。まず自分から開かないと相手も入ってきてくれないというのは選ばれなかった経験からの学びなんですよね。選ばれなかったことが大変で苦しいということを伝えたいのではなくて、それでも今という日常を過ごしているというのは、素晴らしいことで、尊いことだよねという気持ちで書いています。芝山さんにも読んでもらいましたが、どんな風に感じたかを、教えてもらいたいなと思います。

芝山 本当にね、この本、まず表紙のデザイン好き!って思ったんですよ。可愛いな、すごくいいなと思って。タイトルも『あの日、選ばれなかった君へ』ってどういうことなんやろって。あとはもう、後ろの阿部広太郎の略歴のとこ長いなと(笑)。Twitterでも言われてたそうじゃないですか、結局選ばれてる側やがなって(笑)。

阿部 そうですそうです。「悲報、選ばれてる人だった」みたいな(笑)。

芝山 でも、その人はきっと中を読んでないですよね。ここすごく大事で、やっぱりみんな表面しか見ないじゃないですか。でもこの経歴に至るまでどうだったかをしっかり見ないと。こんなにすごい人もこれくらい転んだり、痛い思いをしたりしてきたっていうのが、やっぱわからんと。ここがただの「埼玉県出身」だけやったら、別に興味も出ないです(笑)。

阿部 ありがとうございます。そうなんです。実は、本の中に書いているエピソードとそこに書いたプロフィール文が繋がっていて。「あの日」があるからこその今で、ここに至るまでの選ばれなかったいくつもの経験を赤裸々に伝えたかったんです。

芝山 こういう本でありがちなのは、著者自身の体験に基づいているんで、例えば、「僕は」とか、「阿部少年は」とかって言うんですけど、この本の中では登場人物を「君」って言ってるじゃないですか。これ、ちょっとすごくて。現在の自分と、過去の自分とを分けて、語りかけているかのような表現で、感情移入しやすい。これが「僕が」って書かれたら、あなたのことやもんねってなってしまう。作者側もこっちに寄り添う感じなんです。なんか新しい物語を読んでるみたいな感覚がして、すごい入ってきやすかったんです。

阿部 編集者との打ち合わせで、「僕は」とか「私は」と書いていくと、自分語りを読んでいる感覚がやっぱり強くなるなと話したんです。そこでかつての自分のことを、「君」という2人称の文体で書いたらどうかとなって、書いてみますと。「君は」という形で文章を書くことなんて普段なかなかないじゃないですか。そこにチャレンジするなかで、どうやって書けば、自然と入ってくるか。違和感なく心地よく読んでいけるか、試行錯誤しながら、書き上げていきましたね。

芝山 そこ、すごい大変だったんだろうなって。今まで前例がないわけじゃないですか。

阿部 例えば9ページに「今の僕からあの日の君へ。選ばれなくて良かったんだよ」という言葉を入れていて、ここでこの本のスタンスを示しています。今の僕という存在があり、あの日の君へ語りかけていきますという、これから始まる文章の助走になっている。今の自分だったらこういう風に思うけど、あの日の君はこうだったよねっていうやりとりが第1章ではあって、第2章、第3章、第4章と進むにつれて、今の僕は、という部分をだんだんなくしていって、君という存在に向かって語りかけていくスタイルに馴染んでいくように書いていきました。

芝山 すごい考えられてますね。さすが史上最強のコピーライター(笑)。だからね、感じたことのない角度から物語を見ている感じなんです。全部がずっと新しい感じだから、楽しく最後までさーって読めたんですよね。休憩時間に読み始めたら、面白くて、さわりだけのつもりが、だんだん没頭して、やばいやばいやばい、これどうなるの、みたいな感じに引き込まれて。ちょっと勘理してくれよ、仕事あんのに!って思ったんですけど、読み終わった後になんかこう胸がスカッとする。ハッピーエンドなんですよ、じゃあ俺も頑張ろうっていう。