本作りで欠かせない工程が「装丁」である。
カバーをデザインすることは、本の顔を作ることでもある。
『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(阿部広太郎)の装丁を行ったのは、人気デザイナー・鈴木千佳子。
彼女は何を考えて、書店で手に取ってもらえる本を目指したのか?
著者の阿部広太郎との対談で浮かび上がってきたものとは?
(取材・ダイヤモンド社/亀井史夫 撮影・小島真也)

本のデザインについて、とことん語りましょう装丁家の鈴木千佳子さん(左)とコピーライターの阿部広太郎さん

鈴木さんの装丁と、書店でよく「目が合った」

――鈴木さんに装丁の依頼メールを送ったとき、返事をなかなかもらえなかったのでドキドキしました。僕がしびれを切らしかけたら、阿部さんが「もうちょっと待ちましょう」って(笑)。

鈴木千佳子(以下、鈴木) 本当にごめんなさい。

阿部広太郎(以下、阿部) 書店さんに行くと、鈴木さんの手掛けた装丁とよく「目が合う」ことがあったのでどうしてもお願いをしたくて必死でした。編集者の亀井さんから連絡していただいてるのは知ってたんですけど、「これでダメだったら納得できる」と、亀井さんを介さずに鈴木さんに直接メールを送ったり。

鈴木 メールをいただいたとき、まず私が早く返事をしてないからごめんなさいという気持ちでいっぱいだったのですが、でも、こんな丁寧に考えてくださっているのは本当に嬉しいなって思いました……。そのメールをいただいてから原稿を読ませていただいて、あ、本当にこの中に出てくる阿部さんの延長のまま、普段もああいうふうにすごくご自身の行動でも全部実践されていらっしゃるのだなと思いました。

阿部 メール、かなり暑苦しかったと思うんです(笑)。

鈴木 阿部さんの原稿を読んだとき、「あ、私、ひねくれ者なんだな」ってすごく思いました(笑)。メールもそうですが、嘘をつきたくないというところは多分同じなのですが、私は完璧な返事をしようと思って結果的にとてもお待たせしていることがとても多いんです。でも、阿部さんの場合はむしろそれを、嘘をつかないというのをちゃんと行動に重ねてるというところが。あ、でも、阿部さん、そう思われるのは、ちょっと心外でしょうか……

阿部 いえいえ、そんなことないです(笑)。

鈴木 あともう一つ思ったのは、「そもそも選ばれる・選ばれないって何だっけ?」ということ。実は選ばれてないほうが、領域としてはそれ以外だから、ほぼ全部。むしろ範囲が広くて豊かなのだなというのを、改めて感じました。

本のデザインについて、とことん語りましょう鈴木千佳子(すずき・ちかこ)
グラフィックデザイナー
1983年生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。2007年より文平銀座に所属し、装丁などデザインの仕事に携わる。2015年よりフリーランス。装丁を手がけた作品に『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(阿部広太郎)、『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(山本健人)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース)などがある。

額縁のイメージが最初に浮かんだ

阿部 僕も装丁の打ち合わせの場に同席させていただいたのですが、具体的なイメージがあったわけではなかったので、「強さとポップさを両立したい」なんて話を無責任にさせてもらったのを覚えています。どうやってデザインに落とし込まれていったんですか。

鈴木 阿部さんの真っすぐさや、一方で、7枚で1枚のメモという感じ、7枚を通して1個の文脈を編んでいる感じが、自分が読んだ感触としてはありました。ある一個人の体験を通しているにもかかわらず、すごく普遍的といいますか、そういう感じが出るといいなと思いました。読んでいると、すごく励まされる。素直に、「あ、こんなに真っすぐ励まされることもなかなか自分はないな」と思ったので、ちゃんと真っすぐ届けてくれるような、お守り的なものとしてや、次の頑張る誰かに渡すノートのような側面も持っていたり、阿部さん自身の一つの区切りとしてのアルバムじゃないですけれど、そういうふうに捉えることができるなと思っていました。「言葉を送りだす」ようなイメージとして、ちゃんと閉じ込めてあるというところで、まず「額縁」的なものにしようと思ったんです。

阿部 本文と照らし合わせて、著者のキャラクターも合わせて、額縁だと。

鈴木 「ノート」というのが最初の打ち合わせでもあったと思いますが、その延長で額縁というキーワードも出てきました。サブタイトルに「7枚のメモ」とあるので、メモの1個ずつが際立つというよりは7枚で1つの文脈で、1つの流れの中の1個でしかない額縁になってるといいなと思いました。そのメモの中でいろいろ旅する阿部さんの絵柄になっています。

阿部 ああ、なるほど。

本のデザインについて、とことん語りましょう「額縁」のようにタイトルを縁取る「旅する阿部広太郎」のイラストが描かれた

鈴木 あまりそこに意味をつけ過ぎても、なんだか意図が浮き上がってわざとらしくなってしまいますし、かといって何もないと、メモがもし悪いほうに転ぶと、具体的に役に立つみたいなことに置き換わってしまいますし、そういうことじゃないメモだよというのが伝わるといいなって思い、この絵を描きました。

阿部 確かに、7枚のメモなんだけど、それぞれが文脈でつながっている。ぐるっと回ってつながりを感じられる装丁でもありますね。ペンを持ちながら星を見ていたり、雲があったり、朝日が昇ってきたり、森の中を歩いているようだったり。描いていくときに迷いはなかったですか。一筆書きですか。それとも、いろいろ試しながらでした?

鈴木 どちらかというと、一筆書きに近いかもしれないです。逡巡してしまうと、いくらでも、「もっとこれがあったかも」という世界に入りそうな側面はあるので。もちろん逡巡する時もありますが、今回はなるべく一筆書きに近い感覚を大事にしました。