教授になってから手術に目覚める
注意できる部下はもちろんいない
【エピソード3 50代にして手術に目覚めた、脳神経外科医C教授】
「ブラックジャックによろしく」に登場する外科教授は「ウナギを解剖した研究で業績を挙げて教授になった」とされるが、今でも「人間の手術よりも、ラットを解剖して研究実績で教授になった外科医」は、それなりに存在する。
まあ、永禄大学外科教授のように、苦手な手術は部下に任せて、自分は研究に没頭するならば、それはそれで平和だ。
C先生も若い頃は手術室には出入りせず、ラットを使った研究で業績を挙げて教授になったタイプの脳神経外科医。ところが教授に就任した後で「手術の面白さ」に目覚めてしまったようである。
50代でバイオリンやスケートを始めてプロになる事例が皆無なように、50代から手術のトレーニングを始めたC教授の手術スキルはプロとしては残念なままだった。
多くの外科医は今もなお、20代からのパワハラ的な厳しい指導を浴びるように受けている。自分が執刀した患者が夜中に急変し、徹夜で対応するなどのつらい経験を重ねることで成長していく。
C教授にはその過程がなく、「第一助手」と称して実質的に手術を指導していたのはD准教授だった。間違った血管を切ったC教授を叱るものは誰もおらず、手術後の急変は部下が対応するので、C教授には成功体験だけが残り、ますます手術が大好きになった。
やがてD准教授は「親の介護」を理由に外部の民間病院に転職した。大学病院近辺の内科医が脳腫瘍を見つけたら、「88歳認知症高齢者はC教授」「46歳会社員はD元准教授」と紹介先を使い分けているらしい。
漫画の竹田くん、群馬大肝臓外科医、そしてエピソード1~3に共通する無能な働き者系外科医は、肌感覚ではあるが、並以上の医大を卒業しており、履歴書や肩書そのものは輝かしいことが多いように感じる。
医療雑誌の名医紹介特集号も、履歴や肩書のみを点数化してランキングにする雑誌が多く、「A・B・C先生がランク入りして、D先生はランク外」となりやすい。ならば、一般患者はどのように竹田くん系の外科医を察知すればよいのか。