ところが、17年4月になって、川勝知事が知事意見で「全量戻せ」と言い出した。さらに同年10月、知事会見で「JR東海に対してトンネル湧水の全量戻し等を求めてきたが、現時点でJR東海からの誠意ある回答はない」「現時点では、JR東海への協力は難しいと言わねばならない」と表明。工事着工にストップがかかった。

 大筋合意を否定してまで言い出したことの割に、誰のメリットにもなっていない主張であることが分かるだろうか。実際、国土交通省が設置したリニア中央新幹線に関する有識者会議においては、トンネルの中の湧き水を大井川に「全量戻すこと」で「大井川の流量が増える」という解析結果が示されている。どこの世界に、工事で出たトンネルの湧き水を全部すくい上げて川に戻せと訴える感覚があるのか理解できない。

「山梨の水」にも物言いをつけて
山梨県知事の怒りを買う

 だが、とにかく川勝知事は「一滴も譲らない」などと主張を始めた。

 JR東海にとっては迷惑なだけの話である。ただし、リニアの静岡工区での工事には静岡県の許可が必要だ。JR東海は、この川勝知事の合理性を欠いた物言いを受け入れることになった。「出た水を戻すことに経費がかさむが、これで静岡工区の問題が進むのなら仕方がない」というような判断があったのだろう。

 しかし、そのJR東海の判断は甘かった。

 というのも、川勝知事はそもそも静岡工区の建設許可を出すつもりはなく、単に妨害のための物言いとしか思えない言動が続いたからだ。JR東海にとっての苦難の道がここに始まった。

 JR東海はトンネル工事後に出る水をくみ取って戻す準備を整えたが、川勝知事はトンネル工事中に出る水も「一滴も譲らない」というのだ。最近になってニュースなどで山梨県の長崎幸太郎知事が静岡県の方法論に怒りを示したが、これは、川勝知事が「山梨県側から県境を越えて静岡県内を掘削するトンネル工事において、トンネル内の湧水が山梨県側に流れてしまい、大井川に戻せない期間がある」として、山梨の水にまで物言いをつけたことに起因する。

 山梨県側に水が流れ出るのは工事中のごく限られた期間であり、流れ出る水の量も大井川の年間流量の0.2~0.3%という解析結果が出ている。最大でも500万トンだ。一方、大井川の流量は年間約19億トンで、年によって9億トンの増減幅があるとされる。それと比べると500万トンの県外流出は誤差の範囲内だ。