「市場創造」がなければ、マーケティングとは言えない?
マーケティングの定義を知りたいと思った筆者は、執筆に先立って数多あるマーケティング関連図書やインターネット上の情報を調べてみました。しかし残念ながら、ここにそのまま拝借できるような定義は存在しませんでした(もちろんすべてを網羅できているわけではないので、見落としがあってもご勘弁いただきたいですが)。
なかには「筆者が言いたいこととほぼ同じかも……」と感じさせるものもありましたが、上記の基準を満たしていると言えるようなものはほとんどなく、不十分だと言わざるを得ない定義が圧倒的に多かったのです。
そのなかからいくつかをご紹介させていただきましょう。
マーケティングとは、企業および他の組織1)がグローバルな視野2)に立ち、顧客3)との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動4)である。
1)教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。
2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。
3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。
4)組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。
(「日本マーケティング協会」ウェブページより)
この定義は普遍性(評価基準①)を持っているでしょうか? たとえば、街の蕎麦屋さんに「グローバルな視野」はあるでしょうか? グローバルな視野を持たずに営業している小さな蕎麦屋さんには、マーケティングは存在しないということになってしまうのでしょうか?
また、「マーケティングとは……市場創造のための総合的活動」と書かれていますが、逆に「既存の市場でシェアを伸ばすこと」はマーケティングとは言えないのでしょうか? たしかに市場を新たに切り開くことに主眼を置く企業もありますが、現実問題、ほとんどの企業が目指しているのは「既存市場におけるシェア拡大」でしょう。あるいは、これも市場の「創造」と呼んでいいということなのでしょうか。
「なにを指すのかはっきりしない言葉」が紛れ込んでいないか?
もう少し短めの定義も見ておきましょう。ここでの目的は、特定のだれかによる定義を槍玉に挙げることではないので、巷によく見られる内容を一般化しています。
マーケティングとは「顧客満足を軸に『売れる仕組み』を考える活動」である。
まず「顧客満足を軸に」の意味がやや不明瞭です(評価基準③)。ここは「顧客の満足を目標にして」という意味だと解釈すればいいのでしょうか(評価基準④)。ですが、ほんとうにマーケティングの目標が「顧客の満足」なのだとすれば、その最適な行動は「とにかく安価で商品を売る」ということになってしまわないでしょうか(高い買い物をして自己満足に浸る人は別として、ふつうは安いほうがお客さんはうれしいですから)。しかし、それだと売り手側の利益は限りなく小さくなってしまいます。「売り手側の満足」は考えなくていいのでしょうか(評価基準④)。
マーケティングとは「儲け続ける仕組みをつくること」である。
同様に「儲け」が明確ではないと思います(評価基準③)。たとえば「儲け=経常利益」を意味するのだとすれば、それはそれでおかしなことになりそうです。一般に、経常利益は「企業」の最終目標だとされますから、これは「経営」の定義ということにならないでしょうか?「マーケティングとは経営そのものだ」みたいなことを言う人もいるかもしれませんが、やっぱり経営のほうが広い概念ですよね。どうしても「マーケティングはそのうちの『一部』では?」と思えてなりません。
マーケティングとは「顧客の創造」である。
これも言葉=境界線が不明瞭であり(評価基準③)、また具体性にも欠けます(評価基準②)。まず「顧客を創造する」とは? 買い手を単に「増やすこと」と「創造すること」は区別して考えたほうがいいのでしょうか? さらに、他社から買い手のシェアを奪ったとき、それは顧客を「創造した」と言っていいのかというさきほどと同じ疑問も湧きます。
たとえば、ある商品を値下げすれば、買い手は増えるはずです。これは「顧客の創造」に含めていいのでしょうか? もし含めていいのであれば、どこまでの値下げが許容されるのでしょうか? それが判断できるようにはなっていません。なぜ判断できないかといえば、マーケティングの「目標」が定義のなかに組み込まれていないからです(評価基準④)。「顧客の創造」によってなにを実現する行動なのかが記されていないのです。