トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「マーケティングの戦場」という考え方をご紹介する。

ヒットメーカーが「市場」以前に注目する場所とは?Photo: Adobe Stock

マーケティングの「戦場」とはなにか?

 ここまでの流れを少し振り返っておきましょう。われわれはいま「マーケティングの定義」を検討しています。直近では、とくに下記の強調部分に焦点をあてて、どうすれば「よりCPが高い商品」を実現できるかということを考えていました。

【定義】
マーケティングとは「一定費用の下で、適切な買い手群にとってよりコストパフォーマンス(CP)の高い商品を生み出し、その存在を認知させ、その内容を理解させ、これを送り届けることによって、粗利を最大化する総合活動」である。

 買い手が「買おう!」という意思決定を行ううえでの「必要条件」というものがあります。ある商品を購買することを決断するときには、その商品が「手に入れてもいい」と思えるもの、「買える」もの、「買ってもいい(=CPが高い)」ものでなければなりません。

 しかし、これらの条件を満たせば、商品が直ちに購入されるかというと、そんなことはありませんよね。これらをクリアした商品は、ようやく購入候補として残ったにすぎません。

 それぞれの買い手は「ふるい」にかけられた競合商品たちを頭のなかで戦わせます。一人の買い手が購買の意思決定を下すのは、そこで「最高」と見なされた商品だけ──。それ以外の残った競合商品は、すべて敗者となります。

「No.1だけが勝ち残る」──これがマーケティングの「戦場」における掟です。

「最高の商品」になるための2つの道

 では、この戦場において「最高」のポジションをとるには、どうすればいいでしょうか?
 これには2通りの道が考えられます。

 ①戦場で最もCPが高い商品を生み出す
 ②競合がいない場に商品を投げ込む

 第一には、この戦場のなかで実際に「最強」の武力を手に入れることです。マーケティングの戦場における武力とは、コストパフォーマンス(CP)にほかなりません。つまり、同じ戦場に存在しているどの競合商品よりも高いCPを誇っていれば、その商品が敗北することはなくなります。

 本書におけるマーケティングの定義は「よりコストパフォーマンス(CP)の高い商品を生み出し……」となっていますが、ここで言う「よりCPが高い」とは「どの競合商品よりもCPが高い」ということを意味します。

 他方で、第二の道も考えられます。それは「競合がいない戦場」に商品を投げ込むという方法です(これは形容矛盾なので、本来は戦場ではなく「」と呼ぶべきでしょう)。

 これは「手に入れてもいい」「買える」「買ってもいい」の基準をクリアした商品が、買い手の頭のなかに1つしか存在せず、比較対象となる競合商品がほかに存在しないケースだと言えます。そのため、こちらの「よりCPが高い」は、競合との相対評価ではなく、いわば「高ければ高いほどいい」という意味になります。

 後者の「競合なし」のケースについては、いわゆるブルーオーシャン戦略などを思い浮かべる人もいるかもしれません。これについては後述しますが、この段階で注意しておきたいのが、現実問題として「競合が存在しない場」というのは、かなりかぎられているということです。

 圧倒的に発生頻度が高いのは「競合関係が存在する戦場」、買い手にとって比較対象が存在する戦場のほうです。というわけで、ここではまずベーシックな「競合あり」のケースのほうに照準をあてることにしましょう。

そこではすでに「戦い」がはじまっている──戦場・市場

 競合関係が存在する戦場においては、最もCPが高い商品が勝利します。
 ただし、どの属性をどれくらい重視するかも、それぞれの属性にどれくらいの水準を期待するかも、買い手によって違います。

 たとえば、軽自動車を求めている4人家族の買い手は、単身者の買い手よりも「車内空間の広さ」というAttributeに大きなウエイトを置くでしょう。また、「ボディカラー」という属性に関しても、「赤」というPropertyに魅力を感じる買い手もいれば、そうでない買い手もいます。

 自社商品を含む競合商品群のCPを頭のなかで比較検討する買い手は、ふつう一人ではありません。「同じ戦場」を頭のなかに持った買い手はほかにも存在します。そうした買い手たちの集合体を「市場」といいます。

ヒットメーカーが「市場」以前に注目する場所とは?

 求めている商品属性(AttributeやProperty)は買い手によって異なる以上、一人ひとりの頭のなかには「それぞれの戦場」が存在しています。
 そして、戦場が変われば、商品のCPも変わります。たとえAさんとBさんが同じ商品群を検討していても、Aさんにとっては商品αが「最高」と映ったのに対し、Bさんにとっては商品βが「最高」に思えたということが起こり得ます。

 これは、Bさんの頭のなかの戦場が、Aさんとは違っているからです。

 そこに戦場が存在しているということは、比較対象となる商品群が存在しており、買い手はそのなかから商品を選ぼうとしているということを意味します。つまり、買い手は「この手の商品のどれかは買おう」という意思決定はすでに終えており、比較対象のなかから「どの商品を購買しようか?」という選択行動をするわけです。

「でも実際には、検討した結果、『どれも買わない』ということもあり得るのでは?」

 そういう疑問が湧く人もいるかもしれません。つまり、「どれかは必ず購買する」という意思決定をする前に、ひとまず商品を見比べてみる場合もあるのではないかということですね。

 しかし、競合商品の「比較」が成立するためには、買い手はすでに各商品のコストとパフォーマンスの情報を把握していなければなりません。だとすると、この情報をもとにした「どれかは必ず購買する」というごくシンプルな意思決定は、すでに下されていると考えるべきでしょう。もちろん、実際に商品の比較検討を行った結果、そのあとに「どれも買わない」という選択をすることは十分にあり得ます。

 いずれにせよ、戦場が存在しているのであれば、戦いはもうはじまっているのです。だれかが勝利し、だれかが敗北せねばならないことは、そこですでに決定していると考えたほうが自然でしょう。