「相手の期待を裏切りたくない」という心理
私たち日本人が騙されやすかったり、交渉において相手のペースに巻き込まれやすかったりするのは、人を疑ってはいけない、相手を信じるべきであると心に刻まれていることに加えて、相手の期待を裏切りたくないという心理が働いているためでもある。
そうした心理的特徴は、日常のコミュニケーション様式のみならず、動機付けにも現れている。
日本とアメリカの小学生を対象に、成績や勉強に対する意識について調査した日米比較研究でも、勉強をしたり、良い成績を取ろうとしたりする理由に日米の違いがみられた。具体的には、自分の知識が増えるなど、自分のためという反応がアメリカでは多いのに対して、日本では、両親や先生を喜ばすため、あるいは悲しませないためといった反応が目立った。
子どもでなくても、大人でも似た考えの人は多いだろう。何かを頑張る理由として、私たち日本人は、自分にとって大切な人物を喜ばせたいとか、悲しませたくないといった人間関係的な要因を挙げることが多い。頑張れないときや成果を上げられないときは、そういう人に対して「申し訳ない」といった思いに駆られる。
スポーツ選手が試合後のインタビューなどで、お世話になっている監督やコーチのために頑張った、恩返しができたというコメントをする光景をしばしば見かける。これはいかにも日本的なところでもある。
日本人はこのようなコメントを当たり前のように思っているが、そこには「相手の期待を裏切りたくない」という心理が潜んでいるのである。
無意識に「空気を読む」からの「思考停止」になっていないか
日本人は良くも悪くも「性善説」で、しかも無意識に「空気を読む」ことをしてしまいがちだ。だから、相手を疑うのは失礼だといった心理が無意識のうちに働いて、確認するのを怠ったり、疑問に思うことをはっきり口にして説明を求めるのを遠慮したりしてしまいやすい。そのため、交渉時にだまされたり、相手のペースにはまったりしてしまう。
社内の交渉・検討に際してもそうだ。例えば会議の場で、「それはおかしい」とか「それはまずいんじゃないか」と思っても、異議を唱える人は少ない。「そんなことを言ったら場の空気が悪くなる」と思って誰も何も言わない結果、通るはずのない議案が、すんなり通ってしまったりする。まさに思考停止である。
また、絶えず相手の期待を意識して、それを裏切らないように行動しようとするようなところがあるため、受け入れがたい条件に対してもはっきり断りにくくなってしまう。たとえば、取引相手から、向こうに都合の良い条件を求められたときなど、海外の人なら即座に「それは無理」と言えるが、日本人の場合は相手の期待を裏切りたくないという気持ちが働くため、即座に拒否するということができない。
その結果、不利な契約を結んでしまったりする。相手の気持ちにとらわれるあまり、条件面についてじっくり検討する余裕を失ってしまうのである。これも思考停止状態と言える。