「おーい! 手を貸してくださーい。アキレス腱をやったか骨折だと思いまーす!」
「あーあ、シロウトのくせにスライディングなんかするから」
先発・尾崎さんが吐き捨てた。
「滑ったこともないくせに足からいけば、そりゃあグギッといくわ」
中継ぎ・益井さんが続ける。携帯電話などない時代、管理室に走り救急車を呼ぶ。ものの10分で搬送された。グラウンドの隅には、号泣する2人の子供を引き連れる奥さんがいた。病院に向かうのだ。会釈をする奥さんに、
「お大事に」
と声をかけた。お父さんがユニホームを着て活躍する姿はさぞ誇らしく、無念だったろう。挙げ句の果てに、同僚たちは心配すらしない。すぐに試合は続行。驚きを通り越して呆れ返った。大けがをした同僚を目の当たりにして、野球大会を続けなくてはならない理由とはなんなのか。激しく憤ったが、守備につけと命じる先輩。足取り重いままライトに向かった。
ゲームセット。試合は我が吹田支店の勝利。片付けて解散…と思いきや、体育館に併設する食堂で打ち上げが始まる。そそくさと帰ろうとした若手女性行員を必死で引き留め、打ち上げに参加してくださいと懇願。同時に私たちは食堂の場所取りを強要される。
試合後の両チームの打ち上げでは
格下支店長が挨拶にいくしきたり
打ち上げは支店長の乾杯発声で始まり、ただちに選手はひとりずつ試合の感想をスピーチする。
「支店長監督の見事な采配のおかげで勝利を収めることができまして」
「先発の尾崎君は、なぜプロ野球ドラフトにかからなかったのか不思議」
「勝てたのはファイターズのユニホームだったからこそ。いやあ支店長、ありがとうございます」
思ってもいない言葉を恥ずかしげもなくペラペラ話すのも、やはり当時の銀行営業ならではのたまものか。宴もたけなわ、相手チームの支店長が瓶ビールとグラスを持って挨拶にやって来る。格の低い支店の支店長が挨拶に向かうのが礼儀だそうだ。支店長同士が酌を交わし、両支店一斉に酌の交換が始まる。至るところで話が盛り上がるものの、20分もすれば話すこともなくなる。