まだJリーグがなかった頃、スポーツと言えば野球。「中学までリトルリーグでした」「高校は野球部でした」という者も少なくない。彼らが活躍する格好の場所が、この支店対抗野球大会なのだ。バブル採用組では元気のよい体育会系も多く、営業成績は振るわなくても、このスポーツ大会がアピールの場になることもある。サザエさんでいうところのカツオのようなものだ。
私が入行した吹田支店は、当時の強豪支店。尾崎さん、益井さん、東崎さんと大学野球部出身者が3人もおり、それぞれエースで4番の二刀流で鳴らしていた。そんなこんなで、運が良いのか悪いのか毎週勝ち進んでしまう。そろそろ負けてもいいんじゃないか? 淡い期待をしても、3人の二刀流が六刀流となり、クリーンアップとして、さらに先発、中継ぎ、抑えとして機能してしまう。
監督は支店長が務めるものの、サインなどは出さない。野球経験者だけで勝てるからだ。仕事も同様であれば、支店の業績も伸びたに違いない。支店長の余計な指示はいらないんじゃないかと思ってしまった。
家族に小さな子供がいれば、パパの職場での活躍を見ることができる、数少ないチャンスだ。預金担当課の赤塚課長代理は40代前半、2人の男の子がいる。奥さんは元行員。その日も家族そろって応援に来ていた。独身の若手女性行員が、我先にと子供たちに声をかけ遊んでいる。子供のあやし方がうまいでしょ?といったあざといアピールが垣間見える。
二塁にスライディングした
赤塚代理を襲った悲劇
試合は六刀流の活躍で、打っては点を積み重ね、投げては先発、中継ぎと盤石の完封リレー。我々の出る幕はない。そんな中、赤塚代理の打席が回ってきた。
「パパー、がんばれー!」
「かっとばせー!」
子供の応援がグラウンドに響き渡る。ほほ笑ましい光景だ。赤塚代理は強打し、打球は左中間方向へ飛ぶ。家族の力はなんて偉大なのか! 一塁を蹴って二塁に向かう。外野から中継を経て矢のような返球。赤塚代理は足からスライディング。両者は交錯しクロスプレーになる。塁上は土ぼこりがたち、全員が固唾(かたず)をのんで塁審の判定を待つ。
「アウトー!」
静寂を切り裂いたのは、2人の子供の泣き声だった。かわいそうに。でも、パパは一生懸命走ったじゃないか。その赤塚代理も、天を仰いだまま動かない。相当に悔しかったのだろう。無理もない。いや、待てよ。寝ている時間がやけに長い。ショートを守る相手チームの選手が大声で叫ぶ。