普段の生活で、塩分を減らさないと! と感じている方も多いと思います。かといって、いきなり減塩の食事にしたところ味気なくて嫌になってしまったという方もいるのではないでしょうか?健康になる技術 大全の著者、林英恵さんは、減塩するためのおススメの方法がある、と言います。実際イギリスでは政府が主導して、食品業界、学術界とも連携して大きな成果をあげた方法です。そのほか、今日から簡単にできる減塩の方法についても語っていただきました。
本連載では、「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)
*書籍『健康になる技術 大全』の「食事の章」はケンブリッジ大学疫学ユニット上級研究員 今村文昭博士による監修

【公衆衛生学者が教える】病気にならないため、無理なく減塩する方法【ベスト2】Photo: Adobe Stock

塩は少しずつ(年に10~20%)減らしても人間の舌は感知できない

 先日、国が示した健康づくりに向けた食事や生活習慣の新しい目標として、1日の塩分の摂取量は「7グラム未満」に設定されました(*1,2)。

 普段の生活で、塩分を減らさないと! と感じている方も多いと思います。かといって、いきなり減塩の食事にしたところ味気なくて嫌になってしまったという方もいるのではないでしょうか?

 朗報は、塩は少しずつ(年に10~20%)減らしても人間の舌は感知できないことです(*3,4)。ですので、少しずつ減らして目標量に近づけるのは良い戦略です。

イギリスが成功した減塩施策とは?

 イギリスでは、2003年から政府が主導で食品業界と学術界が協業し、減塩施策に取り組みました(*5)。例えば、2000年前後における平均的な食塩摂取量の17%(1日約1g)がパンの摂取からと推定されていました。そのパンの食塩を、時間をかけて段階的に減らすよう食品業界が努めました。研究者が、食品業界が受け入れやすい形で減塩する方法を提案したのです。

 そして、10年かけて7割のパンで食塩を20%削減するのに成功しました(*6)。また、ケチャップなど他の食品でも85品目にわたって同様の取り組みを行っています(*7)。

 その結果、人々の食塩摂取量は、2003~2011年の調査期間で15%(1.4g/日)減少しました。また、これにより心臓の病気や脳卒中は、約4割削減したと推定されました(*25)。

 これらの結果を受けて、オーストラリアやニュージーランドでもこの「少しずつ色々な食品の塩分を減らす」方法が取り入れられました(*8)。この戦略は、人間の舌が少しずつ減らされる塩を感知できないことをうまく利用し、政府・企業・学術界が一丸となって実践したものです。

 この特徴を使って、自分で塩を減らすとすれば、少しずつ段階的に減らすことが鍵となるでしょう。

テーブルの上に、塩を置いてはいけない

 また、食品へのアクセスのしやすさが消費に影響を与える話は繰り返し出てきていますが、塩も同様です。テーブルの上に塩が常においてある人は、思い切って撤去しましょう

 塩を入れるのに取りに行かなければいけないという一手間が、塩の摂取を減らす可能性があるためです。塩入れ(ソルトシェーカー)自体のサイズや穴の数、穴の大きさも関連しているといわれています(*9)。

 実際、穴の数を減らした場合、振る回数や時間に制限をしなくても塩の摂取量が減ったという実験結果もあります(*10)。日本でも減塩用のソルトシェーカーが売られていますので、撤去が難しい場合は、減塩になるような「環境」を作るという意味でもこのような道具を活用しましょう。

【参考文献】

*1 厚生労働省 健康日本21(第三次)
*2 NHK 「塩分1日7グラムってどのくらい?食事・習慣の新目標値は?」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230603/k10014088621000.html
*3 He FJ, Pombo-Rodrigues S, Macgregor GA. Salt reduction in England from 2003 to 2011: its relationship to blood pressure, stroke and ischaemic heart disease mortality. BMJ Open. 2014;4(4):e004549.
*4 Brinsden HC, He FJ, Jenner KH, Macgregor GA. Surveys of the salt content in UK bread: progress made andfurther reductions possible. BMJ Open. 2013;3(6):e002936.
*5 He FJ, Brinsden HC, MacGregor GA. Salt reduction in the United Kingdom: a successful experiment in public health. J Hum Hypertens. 2014;28(6):345-52.
*6 Naitonal Institute for Health and Care Excellence. Cardiovascular disease prevention: NICE; 2010. [cited 2021 Dec 17]. Available from: https://www.nice.org.uk/guidance/ph25/chapter/3-Considerations.
*7 Public Health England. Salt reduction targets for 2024. 2020. [cited 2021 Dec 17]. Available from: https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/915406/2024_salt_reduction_targets_070920-FINAL-1.pdf.
*8 Dunford EK, Eyles H, Mhurchu CN, Webster JL, Neal BC. Changes in the sodium content of bread in Australia and New Zealand between 2007 and 2010: implications for policy. Med J Aust. 2011;195(6):346-9.
*9 Greenfield H, Maples J, Wills RB. Salting of food― a function of hole size and location of shakers. Nature.1983;301(5898):331-2.
*10 Goffe L, Wrieden W, Penn L, Hillier-Brown F, Lake AA, Araujo-Soares V, et al. Reducing the salt added to takeaway food: within-subjects comparison of salt delivered by five and 17 holed salt shakers in controlled conditions. PLoS One. 2016;11(9):e0163093.

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【公衆衛生学者が教える】病気にならないため、無理なく減塩する方法【ベスト2】林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/