才能はあり、そつなくこなすが
必死さが足りない

 試合後、監督は彼を呼びつけた。小宮山が部員と一対一で話すのは珍しいことだった。

早大野球部・小宮山監督が「プロ入り公言も不振」の有望投手にかけた言葉、夢は“ドラ1”現役時代の小宮山監督(2002年/ニューヨーク・メッツ) Photo:Tom Hauck/GettyImages

「今のままでは、ドラフト1位はムリだ」。小宮山はそう諭した。

 小宮山悟は1989年のドラフト1位指名(ロッテ)を勝ち取っている。小宮山は全体の6番目に名を呼ばれた。その前には野茂英雄、潮崎哲也、与田剛、佐々岡真司らがいた。小宮山の後には佐々木主浩、古田敦也らもいた。そのときの経験を踏まえながら、2年生投手の目を見据えて静かに話したのである。

「ドラフト1位の指名は、12球団ならばその年の日本でのベスト12に入る選手になるということ。そうなるためには日本一練習すればいい。そのくらい練習した選手が鎬を削るのがドラフト1位」

 小宮山は2年生投手に「練習が甘い。必死さが足りない」と指摘した。

 高校までの実績は申し分なく、いわばエリートコースを歩んできた。マウンドに上がれば速球で三振を奪う。早稲田ファンの期待に応える華もある。才能にあふれ、なんでもそつなくできてしまう。上級生投手と動いていても遜色がない。だがそのせいで、もうひとつ自分を追い込もうとしない――と監督は見ていた。

 ドラ1を本気で狙うのなら、この夏にやるしかない。

 なぜこの夏なのか。

 大学野球の4年間は案外忙しい。「まだ2年生だし」とゆったりと構える気持ちも分かるが、「もう2年生だ」と焦らなければいけない場合もある。

 プロ入りを目指すのなら、4年生の春秋シーズンで活躍しても少し遅いかもしれない。少なくとも3年の秋シーズンに、各球団のスカウト陣を瞠目させるようなアピールが欲しい。そこから逆算すれば、2年生の秋から注目されなければ。特にドラフト1位を狙うのならば。

 だからこの夏、自分を追い込むような、日本一の練習をしてほしい。そう小宮山は彼の殻を突いたのである。

 2年生投手にも自負があるのだろう。彼は「(練習は)量よりも質」と口にする。スポーツ科学の進歩、休養の重要性など、たとえば昭和の時代とは大学野球研鑽の現場意識も変わってきている。もっと言えば進歩している。それを小宮山は頭ごなしには否定しない。だが、強烈な違和感を覚えるのも事実なのだった。