歴史小説の主人公は、過去の歴史を案内してくれる水先案内人のようなもの。面白い・好きな案内人を見つけられれば、歴史の世界にどっぷりつかり、そこから人生に必要なさまざまなものを吸収できる。水先案内人が魅力的かどうかは、歴史小説家の腕次第。つまり、自分にあった作家の作品を読むことが、歴史から教養を身につける最良の手段といえる。
直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』
(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、歴史小説マニアの視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】作家デビューのきっかけとなった、大作家・北方謙三氏のひと言とは?Photo: Adobe Stock

30歳からの人生大転換

【前回】からの続き 私は夢が叶わないことを恐れ、一歩も踏み出さないまま、「まだ小説家になるのは早い」などと自分に言い訳をしていました。

子どもに「夢を諦めるな」などと説教をする資格はありません。

その日、ひと晩中眠らずに考えた私は、ダンス・インストラクターの仕事を辞め、教え子たちに「30歳からでも夢が叶うことを、残りの人生で証明する」と宣言し、小説家への道を歩み始めました。

発掘調査をしながらの作家活動

夢を実現するにあたり、「歴史に携わる仕事がしたい」という想いもあり、昼間は滋賀県守山市で埋蔵文化財調査員として働きながら、夜は寝る間も惜しんで執筆に励みました。

幸いなことに初めて書いた小説と2作目が立て続けに文学賞を受賞し、2017年に『火喰鳥 羽州鳶とび組』で作家デビューを果たすことができました。

この作品を書くきっかけは、「九州さが大衆文学賞」の受賞式で選考委員の1人である北方謙三先生とお話をする機会をいただいたことです。

大作家・北方謙三先生の教え

北方先生は、同席していた編集者に「この人は長編が書ける。騙されたつもりで書かせてみるといい」とおっしゃったのです。

続けて北方先生は私に「作家を本気で目指すならば、1作に半年もかけていてはいけない。3か月で書き上げないと。できるか?」と問われました。

直感的に「試されている」と思った私は「ひと月で十分です」と答え、必死で机に向かい、1か月で作品を書き上げました。それが『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』という作品だったのです。

作家活動5年で直木三十五賞受賞

そして2022年、『塞王の楯』という作品で、作家生活5年にして直木賞を受賞することができました。

そう書くと、もともと才能がある天才型の作家のように聞こえるかもしれませんが、実際には違うと思います。

小5の頃からひたすら歴史小説を読み続けてきた経験が訓練代わりになり、作家としての素地が養われたのでしょう。

人生に必要なことは歴史小説から学んだ

今の私は毎朝7時に起床し、夜中の2時、3時まで執筆をする生活を送っています。

ハイペースで新作を刊行できるのも、青年期にどっぷり歴史小説を読み込んできたからこそです。

あらためて考えると、私は趣味から職業に至るまで人生に必要なものの大半を歴史小説から受けとってきました。歴史小説がなければ、今の自分はなかった。心底、そう思えるのです。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。