新感覚の時代小説『木挽町のあだ討ち』が第169回直木賞を受賞。第35回山本周五郎賞と合わせてW受賞の快挙を達成し、今もっとも注目を集める歴史・時代小説家、永井紗耶子さん。一方、『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞するなど、幅広いジャンルの歴史・時代小説を世に送り出す今村翔吾さんは、書店経営などのビジネスにも多彩な才能を発揮。このたび刊行した初のビジネス教養書『教養としての歴史小説』に早くも大反響が寄せられている。令和を代表する歴史・時代小説家にして、直木賞作家である2人の初対談が実現。歴史小説との出会いや歴史小説から得たもの、執筆スタンスなどについて語り合った。(構成/渡辺稔大、撮影/横塚大志)
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)の刊行を記念した特別対談です。
1977年、神奈川県出身。慶応義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリーランスライターとなり、新聞・雑誌などで幅広く活躍。2010年『絡繰り心中』で小学館文庫賞を受賞し、作家デビュー。2020年に刊行した『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』が細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。2022年に『女人入眼』が第167回直木賞候補作となり、2023年に『木挽町のあだ討ち』で第169回直木賞を受賞。著書に『大奥づとめ よろずおつとめ申し候』『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』『横濱王』『とわの文様』など。
右:今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府加茂町(現・木津川市)生まれ。滋賀県在住。関西大学文学部卒。2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。2018年に同作で第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。同年「竜神」で第10回角川春樹小説賞を受賞、第160回直木賞候補となる。2020年『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞を受賞。同年『じんかん』で第11回山田風太郎賞を受賞、第163回直木賞候補に。2021年、『羽州ぼろ鳶組』シリーズで第6回吉川英治文庫賞を受賞。同年『塞王の楯』(集英社)で第166回直木賞受賞。最新刊となる初のビジネス書『教養としての歴史小説』が大反響。
歴史小説から得たもの
【前回】からの続き
今村翔吾(以下、今村):僕が講演とかすると「歴史小説を読んで何の得になるんですか?」って聞かれることがあるんですけど、永井さんはどう思いますか?
永井紗耶子(以下、永井):「大きな視点でものごとを考える」みたいな感覚は身につくかもしれないですね。今の社会現象を俯瞰して、「もしかしたら今後こんな時代が来るんじゃない?」みたいな勝手な予測をすることもあります。
今村:それは僕も同感ですね。SNSを見れば1年、2年後を予測することはできるんだけど、5年、10年、100年先を見通すには、やっぱり歴史に学ぶしかない。例えば新型コロナが流行ったときも、もちろん気をつけて対策したけど、「歴史的に見たら、まあまあよくあることだよな」という捉え方ができた。
永井:過去に似たような事件があったとき、どういうパニックが起きたのか、物価がどうなったのか、お上がどう出たのか、みたいな諸々を知っているとリスクヘッジの上でも有用だと思います。
歴史を学ぶことは
未来を見ること
今村:そうそう。だいたい同じことを繰り返してますから。日本は医療も発達していない時代にコロナよりもひどい疫病を経験してきて、それでも復興してきたから、歴史を見れば「何年でこのくらいになるだろうな」というのは予測できるんですよ。歴史を学ぶことは、未来を見ることだと思いますね。
永井:3代以上続くと政権が揺らいでくる感じもそう。江戸の歴史を見ても、「あー、この辺からちょっとグダグダっとしてきたな」「汚職が目立ってきたな」というのがわかる。
今村:混乱している会社を見てても、「はいはい、武田家パターンね」「○○家コースね」とか、わかりますよね。
永井:混乱の原因はだいたい派閥抗争だから、派閥という側面から組織を見るとすごく面白いんです。
今村:その意味で、僕が一番陥りやすいのは“秀吉パターン”だと思います。性格的にも派手好きなところが秀吉っぽくて、今は会社の事業を派手に広げているけど、独身なので後継者となる自分の子どもがいない。仮にこれから先、子どもが生まれたとしても、部下を押さえ込めない豊臣秀頼のようになるかもしれない。僕の死後、僕が経営する会社は、空中分解するんじゃないかと思う(笑)。
秀吉好きの関西人
家康好きの関東人
永井:関西の方は、やっぱり秀吉がお好きなんですね。私は母方が静岡で、ずっと関東暮らしだから、なんとなく家康に対してシンパシーがあるし、佐幕・倒幕だと佐幕派寄りの感覚がありますけど。
今村:佐幕・倒幕に関しては、関西も意外と佐幕派が多いですよ。特に僕が今住んでいる滋賀県の彦根藩は旧幕府軍を真っ先に攻撃してるし、実家に近い淀藩は旧幕府軍に城門を開かなかった。寝返りまくっている人たちの末裔だから、申し訳なさがある(笑)。
それはともかく、僕はテレビのコメンテーターをしてると「物知りですね」と褒められることが多いんです。作家ってやっぱり好奇心が強いから、いろんなことを知ってる強みがありますよね。
永井:コロナ禍で、海外に駐在されている方たちとオンラインでお話する機会があったんです。赴任先で「日本のこと教えて」みたいな流れになったときに困ると悩まれていたので、「とりあえず歴史・時代小説を読んでみたらどうですか?」というアドバイスをしました。