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ネット上には様々な情報が溢れているが、政府や権力者にとって都合の悪い事実は隠ぺいされ、SNSではデマやフェイクニュースが拡散している。有用な情報を入手し、権力の暴走を監視するために必要とされるものは何か。本稿は、澤康臣『事実はどこにあるのか』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。
地上イージスの設置が決まった秋田市
地元民を驚かせた2つのスクープ
他国がミサイルを日本に向けて発射すれば、日本から迎え撃つミサイルを発射し、上空で撃破する──これが、ミサイル防衛の考え方だ。現在はイージス艦と呼ばれる船が日本側からのミサイル発射を担うことになっているが、このイージス艦の役割をまるごと地上に設置しようというのが地上イージス(イージス・アショア)である。
問題はどこに置くかだ。重要な防衛施設である一方、万一の武力紛争時には相手国から狙われるかもしれない。日本側からのミサイル発射時、地元にミサイル部品が落下する可能性もある。
地上イージスの配備を最初に報道したのは読売新聞だった。2017年11月11日朝刊で「陸上イージス、秋田、山口に政府調整、陸自主体で運用」と報じた。読売新聞の記者が取材で非公式に情報をつかみ裏付けを取って書いたスクープだ。地元は寝耳に水で大変驚いたはずだが、国は正式には認めない。
結局、それから半年以上後の2018年5月、防衛省は秋田県秋田市の陸上自衛隊新屋演習場、山口県萩市の陸上自衛隊むつみ演習場を選んだと公表した。
秋田など地元への説明としても用いられた報告書「イージス・アショアの配備について―各種調査の結果と防衛省の検討結果について―」によると、まず北朝鮮からのミサイルに即時対応するため日本海側で、かつ日本全体をカバーするため日本北部と西部に1カ所ずつ、平らな国有地が道路・電気・水道を使える場所にあり、津波の影響を受けにくいこと。そして、視界が良いことだ。
視界の良さは、ミサイルをレーダーで発見するために欠かせない。レーダーは電波を使うので、建物や山があればさえぎられ、そちらの方角から何かが飛んできても発見できない。そのため地上イージスの近くに高い建物や山がないことが条件になる。
この「視界の良さ」をクリアできなかったため、青森県、秋田県、山形県内の候補地計9カ所は除外された、と報告書にはある。それらの近くの山の角度はいずれも15度から20度の急角度でそびえ、レーダーをさえぎるのだという。この政府の説明を秋田の人々は信じたはずだ。地元紙の秋田魁新報が2019年6月5日、「この数字は事実に反する」と一面トップ記事で報道するまでは。
【適地調査 データずさん 地上イージス配備 防衛省、代替地検討で】
イージス・アショア(地上イージス)の配備候補地を巡り防衛省が先月公表した「適地調査」の報告書に、代替地の検討に関連して事実と異なるずさんなデータが記載されていることが4日、秋田魁新報社の調べで分かった。電波を遮る障害になるとするデータを過大に記し、配備に適さない理由にしていた。……
この記事によると、地上イージスの「落選」候補地の1つは秋田県男鹿市だった。防衛省の説明では山が15度の高さでそびえ立ち、レーダーをさえぎることになっていたのに、本当は山の角度は4度にすぎないという。わざとうその数字を作ったのか、何らかの計算ミスかはなんともいえないが、わざとなら社会の「運営側」である市民を政府がだましたことになるし、ミスなら異常にお粗末だ。
疑問が湧いて現地で調査
山の角度の数値が一致しない
一方、新聞記者の側はどうやってこんなことをつかんだのか。このニュースを報道した秋田魁新報記者の松川敦志に聞いてみた。松川にとっても、読売新聞がその1年半前に「秋田に地上イージス配備へ」のニュースを報じたのが始まりで、イージス配備の背景を調べ始めたという。
「いろいろ調べていくと、いやこれはちょっと、なかなかなものを地元に作ろうとしているぞ、という感覚で。しっかりやらなきゃいけないなと思ったんです」
松川は前職の朝日新聞記者時代に沖縄勤務の経験があり、日米の安全保障問題にも詳しい。アメリカ連邦議会の議事録やCSIS(戦略国際問題研究所)の報告書を読みこなす。それとともに、地元の政治家、首長たちの動きも追った。
2019年5月27日、問題の報告書が公表された。100ページを超すこの資料は、秋田市新屋演習場に決めた理由を説明している。松川が気になったのは、秋田市新屋演習場しかないと詳しく説明する章だった。松川は妙に気になり「やっちゃってるんじゃないか」と疑った。
「ほかの候補地を19カ所挙げて、ほかに(地上イージスを)置けそうなところはこの通りないから、もうここ(秋田市新屋演習場)にやるしかないんだというストーリーを組み立てているんですが、あんな住宅地に近いところが唯一クリアしていてほかは駄目なんてことはあり得ない」
実際、秋田市新屋演習場は住宅地ばかりか、小学校、中学校、高校とも数100メートルの距離にある。なのに、ほかに条件の良い候補地はない、と言われると首をひねりたくなる。
防衛省報告書の57ページには「落選」した秋田県、山形県の候補地計4カ所と、近くにある山の高さが書かれている。4カ所とも、そばの山がレーダーをさえぎるほど急角度でそびえ立つので「不適」だという。それらの1つは本山(712メートル)が邪魔になり、角度は15度だと同報告書は図示している。
712メートルの本山の高さと、本山から候補地までの距離の2つの数字を、角度を計算してくれるネット上の計算サイトに入力してみると、4度だった。15度という防衛省報告書と大きく違う。
松川は現場を調べることにし、車を走らせ、現地から本山を見た。確かに、そんなに高くそびえ立っているようには思えない。
太陽の高さを、場所と時刻から割り出すカシオ計算機のウェブサイトがある。それを使ってみることにした。
「日にちとその地点の緯度・経度を入れると、あと1時間ぐらいで(太陽の高さが)15度になることが分かりました。1時間待ったところ、まだ全然山より高い」
つまり、この1時間後の時点で太陽が15度の高さであり、山はそれよりずっと低いということだ。防衛省の資料では15度のはずの山は、実際には15度より低いことになる。
「カシオのサイトで見ると、さらに1時間近く待てば、太陽の角度は4度になる。もし本当に山の角度が4度なら、1時間後には太陽と山頂がぴったり重なったりするんじゃないかと思ったら、本当にぴったり重なりました。これは、いった(ヒットした)じゃないかと」
防衛省の資料で「山の角度が15度、急すぎてここには地上イージスは置けない」と書いてあった山は、15度ではなく4度だったのだ。
防衛省がまさかの即日返答
「本日はお答えできません」の真意
松川は会社にすぐ戻り、問題を報告する。
「でも、容易に信じてもらえないわけですよ。『いや待て、分かるけどお前は文系だし』とか言って……」
上司たちとしても不安だろう。防衛省の正式文書の核心データが間違っているという重大報道になる。誤報は許されない。事実確認を厳重に行うため、松川は一計を案じた。
「じゃあ、明日測量しましょう、と。業者に頼んで測量して、あとは大学の先生に確認の取材をして」
測量のプロにあらためて山の角度を正確に計ってもらった上、一連の取材が的外れなものかどうか、念には念を入れて大学の研究者への取材で確認したのだ。その結果、どちらも「(防衛省のデータは)間違っているということになったので、防衛省にすぐ質問状を書きました」







