フードを目深にかぶった男性写真はイメージです Photo:PIXTA

「食べること。着ること。僕は、なぜ人と同じようにできないんだろう」。感覚過敏(カビンくん)と感覚鈍麻(ドンマちゃん)の中学生男女が感じている困りごとをストーリー形式で追体験。感覚過敏の当事者として発信を続ける現役高校生が、何気ない日常のシーンでの困難を細やかに綴る。本稿は、加藤路瑛『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(ワニブックス)の一部を抜粋・編集したものです。

私たちの社会は平均的な
「感覚」に合わせてできている

 光、風、音、ニオイ、味、重力、暑さ、寒さ、肌触り……私たちは、周りを取り巻くさまざまな刺激を感じ取り、その刺激に対応しながら生きています。刺激を感じ取ることを「感覚」といいます。

 たとえば、気温が高い夏には、暑さを感じ取って涼しい服装をしたり、クーラーをつけたりして、快適に過ごそうとします。

 しかし、同じ温度でも人によって「暑くてたまらない」と感じる人もいれば、「私はこのくらい平気。気持ちいい」と感じる人もいますね。つまり感覚には個人差があり、本当は、一人ひとり違っているのです。

 ところが人は社会の中で生きているので、「多くの人はこう感じる」という「平均値」から設定された環境や仕組みの中で暮らしています。

 このとき、もしもあなたの「感じ方」が「平均値」からとても大きく離れていたらどうでしょう?社会の環境や仕組みは平均値に合わせて作られているので、困りごとが発生したり、周りの人が苦もなく行っていることが、努力しないとできないかもしれません。

 このように平均値から離れた感覚の特性を「感覚過敏」「感覚鈍麻」といいます。詳しいことはまだ研究中ですが、感覚の特性は、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな理由で起きると考えられています。

「感覚」は外からは見えないので、彼らは「変わった人だな」「わがままなのかな」と誤解されてしまうこともあります。でも、顔かたちや能力に個性があるように、感覚も一人ひとり違います。感覚に特性がある人も、その周りの人も「こんなふうに感じる人がいる」「決しておかしいことではない」と知ることが第一歩です。

 今回、私は自分を投影した感覚過敏の中学生の男の子(カビンくん)を主人公にした物語を作りました。さらに、感覚過敏とは対照的に、寒さや痛みを感じにくい「感覚鈍麻」の女の子(ドンマちゃん)の感情や日常も描きました。

 2人の学校生活を中心とした日常を読み進めながら、感覚過敏や感覚鈍麻の人々がどんなことに困り、どんな悩みや葛藤を抱えて生きているか追体験していただければと思っています。

歯科医院は苦手!
五感すべてが拒否反応

「あれ?ドンマ……ちゃん……?」

「あ、カビンくん!」

 びっくりした。すごい偶然だ。

 ここは家の近所のデンタルクリニックの待合室。学校の歯科検診で虫歯があると言われていたけど、ずっと逃げてきた虫歯治療。

 ついに母に「いいかげん行きなさい!」と怒られてしぶしぶやってきた。まさか、ドンマちゃんに会うなんて。

 ただでさえ歯科医院は緊張するのに、なんかへんな汗が出てきた。

 感覚過敏の僕にとって、歯科医院は恐怖でしかない。苦手なものが多い僕の中でもトップクラスだ。

 つらいところを説明するとキリがない。

 まず、治療台のライトのまぶしさ。

 そして独特なニオイ。

 待合室にも聞こえてくる、キーンというドリルの音。

 フッ素などを塗られているときのニオイや味、ゴム手袋の感触。

 それでもって、痛い。

「みんなも痛いから」って言われるけど、感覚過敏をなめんなよ。その辺のやつらが思う痛いとはレベルが違うんだ!

 小さい頃は歯科医院でパニックになってしまい、治療ができなかったこともあった。

 ああ、どうしよう。怖い。逃げたい。

 だんだん気分が悪くなってきた……。

「偶然だね。カビンくん。家、この近くなの?」

 そう話しかけられたけど、治療前の恐怖と気分の悪さで言葉が出てこない。僕は、ドンマちゃんのおでこのコブが青黒いアザになっているのを横目に見ながら、ようやく言葉を絞り出す。

「う、うん。そう。歩い、て……5分くらい?かな(汗)」

 中学生にもなって歯科医院が怖いなんて恥ずかしくて言えなかった。けれど、認めるしかなかった。

「カビンくん、繊細なんだね。私はね、よく人からびっくりされるんだけど、痛みとかあまり感じないから、虫歯治療も痛くないし、歯医者さんが怖いと思ったことはないんだよね」

 え?今なんて言った?痛みを感じない?

「虫歯の痛みもわからなくて、かなりひどくなってからやっと気づく感じ。だから、いつも虫歯の治療が大変なんだ~」

 他人から見たら大袈裟って言われるくらい、痛みで泣いたり暴れたりしてきた僕とまったく逆じゃないか。

 こんな人もいるんだと、新たな発見と同時に感心してしまった。

 僕は、感覚過敏で苦労していることを、ドンマちゃんに打ち明けた。

「へえ、そうなんだ。それは大変だね。私はその苦労はわからないけど、ちょっと感覚がみんなと違うってことでは、私たち似た者同士かもね」

 少し照れたように話す彼女の姿に、僕は、緊張が少し和らいだ気がした。