というのも、戦争の長期化と泥沼化によって、ロシアの国力低下と中国依存が加速することは避けられないと考えられるからだ。インドが、中国の脅威に対処するためにロシアを頼ろうとしたとしても、肝心のロシアが中国に依存するようになってしまっていては、まったく話にならない。

 このようにみると、インドが、今後、日米豪の側に、より傾斜するということも、まったくありえないシナリオというわけではない。インド人研究者のなかにも、その可能性を指摘する者も、とくに若手のあいだに出てきている。戦略家として活躍するハルシュ・パントは、インドは民主主義陣営の側につくべきだと明言する。また、中国専門家で、対中警戒論者の筆頭ともいえるジャガンナート・パンダは、2022年の論文で、インドが、「アジア版NATO」を受け入れる可能性もあると期待感をもって論じた。

 しかしそうした見解はインドの外交・安全保障サークルの主流にはなっていない。インド国家安全保障顧問を務めた経験をもつM・K・ナラヤナン、シヴシャンカル・メノンらは、インドが西側につくことは得策ではなく、安易に中国叩きに乗るべきではないと警鐘を鳴らす。「けっして同盟化させないクアッド」というジャイシャンカル外相の路線のほうが、ひろく受け入れられているのだ。

 ジャイシャンカル外相は、自著『インド外交の流儀』のなかでつぎのように述べる。

 各国はイシューごとに関係を構築していかなければならなくなり、そうした状況下では、自国の進む道が一定ではなくなるという事態もよく起こるだろう。さまざまな選択肢を検討し、複数のパートナーに対するコミットメントを調和させていくには、高度なスキルが必要になってくる。

 多くの国と利益が重なることはあるだろうが、どの国とも考えが一致することはないだろう。力の結集地の多くといかに共通点を見出すかが、外交を特徴づけていくことになる。それをもっともうまくやってのける国が、同等のメンバーからなるグループのなかでもっとも問題が少ない存在になれる。

 インドは可能な限り多くの方面と接触し、それによって得られる利益を最大化していく必要がある。

 このことからもわかるように、インドとしては、「どちらか」の陣営に属するという道ではなく、「どちらにも」関与する、という現状がつづくことが望ましいと考えている。どちらとも、うまく渡り合って「いいとこ取り」をしたいのだ。こうしたインド外交の特質に鑑みると、インドがアメリカを中心とした西側と同盟を構築するシナリオの蓋然性は、きわめて低いと推定される。