それでは、つぎに正反対の、おそらく、われわれにとっては最も望ましくないシナリオについて考えてみよう。インドが中国やロシアの側に傾斜し、印中ロのユーラシア連合、ないし同盟が形成される可能性だ。
じつはインドにとって、中ロとの連携は、日米豪とのそれよりも古くからのものだ。日米豪印によるクアッドの枠組みは、2007年に試みられたものの、その後しばらく立ち消えとなり、ふたたび現れたのは2017年のことだった。
クアッドに対し、ロシア、インド、中国の頭文字をとったRICと呼ばれる3カ国の枠組みは、もともと1998年にロシアのプリマコフ首相が訪印した際に提示したものといわれる。多くのロシア専門家は、ロシアには、対米牽制とともに、台頭する中国の影響力を薄めるために、ユーラシアのもうひとつの大国、インドを取り込みたいという思惑があることを指摘する。RICの枠組みは、2002年から非公式の外相会合として動き出し、2005年からは、3カ国が順番にホストを務めるかたちの会合が定例化された。定例化されてはいないが、最初の首脳会合も2006年には行われている。
伊藤融 著
この経緯をみれば、インドがどういう場合に、中国、ロシアとの連携に傾斜する可能性が出てくるのかがわかる。RICの本格化は、アメリカでブッシュJr.政権が、イラク戦争など、いわゆる単独行動主義的な傾向を強めた時期と符合する。このころのRIC外相会合後の共同声明文をみると、国際関係の民主化や公正な国際秩序の必要性、多極化を推進し、国連が役割を果たすことの重要性などが強調されている。
要するに、超大国アメリカが、国連を経ず、国際協調を無視して他国に武力介入し、みずからの意志を押し付ける一極支配の世界を築くような動きに、インドは中ロとともにノーを突き付けたのである。
その後もトランプ政権がイラン核合意を一方的に破棄すると、インドはRICの枠組みで、多国間外交の成果を無駄にしないよう求めた。今後も、アメリカで単独行動主義、一極支配のような動きが出てくれば、インドがロシア、中国と歩調を合わせて反対する、という場面があるかもしれない。