「経営企画担当役員」は
欧米には存在しない

朝倉 なるほど。そうお聞きすると、CFOとCEOの役割や位置づけは、会社の状況によってさまざまになってきますね。

徳成 企業規模や会社のステージによっても異なります。スタートアップであれば、CEOとCOOとCFOの3人の枠割分担は、得意不得意や経験、各人の個性などによって、自由に決めていけばよいと思います。判断基準は、「どうすれば、企業価値が向上するか」だけですから。

 会社経営って、論理や理論ではなく、アートですから、一人ひとり個性や好みの影響を大きく受けると思っています。

 特に、スタートアップのように数人の幹部で経営しているような会社の場合、教科書的にはCFOの役割であっても、それぞれのキャラクターや知見から、COOが人事を所管する、CEOが戦略を直轄する、といったように、柔軟に設計すればよいと思いますね。

 実は、アメリカなどでは「俺はCFOのほうが好きなんだ」と、CEOにはならず、さまざまな企業でCFOとなって転々としていく、という人もけっこういます。僕自身、好みとしてはそっちに近いかなと思っていて、さまざまな業種でCFO職を渡り歩く、というのもおもしろいかなと思っているんです。これまで、日経平均株価、日経225を構成する2社のCFOをやってきたので、次はスタートアップとか(笑)。

 そんなふうに、CEOを目指すCFOと、CFOのプロとしていろんな会社を渡り歩くような人と、両方出てくると日本経済は良くなるかなと思っています。そんなことも期待してこの本を書いた次第です。

朝倉 なるほど。CEOとCFOがどういうものか、非常によくわかりました。CEOという言葉は日本では実態として「社長」を指すケースが多いと思いますが、日本の場合、「社長」と聞くとえてして創業経営者が想起されがちな気がします。それこそホンダの創業者・本田宗一郎さんみたいな、自分で製品そのものを作ったりする人のイメージですね。

 そういったイメージが強すぎて、創業経営者こそが社長、あるいはCEOのロールモデルになっている節があると思うんですけど、本来は当然、ひと括りにCEOと言っても会社のフェーズに応じてさまざまな役割や姿があるはずですよね。それこそ創業したばかりの会社であれば、商品や製品の開発に直接携わる役割を担う人が多いのでしょうが、会社が成長して事業が複線化し、様々な事業を束ねるようになると、より投資家的な観点や、資源をどこに割り振るかといったCFO的要素が強くなっていくでしょうし。

徳成 そのとおりですね。ただそれ以前に、日本の大企業のCFOは、CFOと名乗っているだけで、実は資金配分の権限を持っていなかったりするのですが。

朝倉 たしかに。

徳成 というのは日本の場合、経営企画担当役員というのが別にいるからです。これは欧米にはない、日本企業ならではの役職です。経営企画担当役員は、一応CSO(チーフ・ストラテジック・オフィサー)という言い方をしますが、欧米でこの肩書の人に出会うことはまずありません。いたとしても、CFOの部下ですね。

 しかし日本は文鎮型組織で、トップに社長がいて、その下に経営企画担当役員、経理・財務担当役員、人事担当役員などがいる。そしてそれぞれ、直訳的にCSO、CFO、CHROと名付けられている。

 ですからそこは認識のズレがあって、JTCの経理・財務担当役員が海外にIRに行って投資家面談でCFOという名刺を出すと、「あぁ、お前は次期CEO候補だな」と思われ、「来期末で引退して、監査役か子会社の社長で余生を過ごすんだよね」と思っている本人と大きなミスマッチが起きたりするわけです。欧米の企業は原則、CEOとCOO、CFOの3人で経営の一切をやっているというのが基本ですから。

 だから安易にCFOと名乗ってはいけないと思いますし、名乗る以上は欧米型のCFOを意識すべきです。経営企画もM&Aも資源配分も、さらには最近ならサステナビリティもITも内部管理もやっていると海外投資家からは思われるんだ、そうわかったうえでCFOの名刺を作らないといけないと思います。

 でも実際のところは、肩書がカッコいいから、とか流行りだから、と安易に名乗っていることが多いように感じています。

朝倉 『CFO思考』の末尾に、「CFOチェックリスト」が付いていますよね。このリストを全部マスターしているCFOって、日本にはなかなかいないんじゃないでしょうか。

徳成 まずいないでしょうね。実を言うと、僕自身もできていないことが含まれていますし。一方で、CFOの仕事のおもしろいところは、「これがCFOだ」というのがないところにもあるといいますか。

 何がCFOのアジェンダかということはその時々で変わっていくんです。同じ会社でも、思い切り保守的に「金庫番思考」全開で、資金の確保や企業価値保全に努めなければならない局面もあれば、「お金が余ってるから、2年前に見送ったあのプロジェクト、やりませんか?」とCEOや他の役員を焚きつける役を演じる局面もある。

 資金の使い道は、新商品開発でも設備投資でも人材の採用でも、いくらでもある。「使わないなら、株主に返しますよ。そのほうが投資家も喜ぶし」と言えるのがCFOです。

 こんなふうに、アジェンダが変わるし、最近では気候変動や人的資本経営まで有価証券報告書に書くように求められ、CFOのアジェンダはますます増えていく。

 ですから、それがおもしろいといえばおもしろいんです。だからその柔軟性に耐えられるというか、そこをおもしろいと思えるかどうかも、これからのCFOになれるかどうかのチェックリストに入る大きな項目の1つと言えるかもしれません。

 でもどうせ企業経営をやるなら、自分のアジェンダがコロコロ変わるというか、次はこれ、次はこれってなるほうが、絶対楽しいと思うんですよ。「さまざまな困難をクリアしていくゲームをしながら、しかも給料がもらえるなんて、良いじゃない。失敗しても、命まで取られるわけじゃないんだから」。CFO業に限らず、そう思って仕事をしていったほうが人生は楽しいよって、部下にも言っているんですけどね(笑)。

CFOほどおもしろい仕事はない徳成旨亮(とくなり・むねあき) 株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。