日本経済復活およびビジネスパーソン個人の成長の秘訣を示した『CFO思考』が、スタートアップ業界やJTCと呼ばれる大企業のビジネスパーソンを中心に話題となっている。
本書の発刊を記念して、著者の徳成旨亮氏と、ベンチャー・キャピタル「アニマルスピリッツ」を立ち上げた元ミクシィCEOの朝倉祐介氏の対談が実現。「日本経済が復活するために足りないものとは?」「日本でスタートアップを盛り上げるにはどうすればいいか」「CFOに求められる資質とは」といったテーマについて、7回にわたってお届けする。(撮影/梅沢香織、構成/山本奈緒子、取材/上村晃大)

CFOのマインドセットが変われば、日本経済は変わる

今の日本経済に足りないもの

――徳成さんは著書『CFO思考』の冒頭で、CFOには冷静な判断力とアニマルスピリッツが必要だということを書かれていました。そして朝倉さんは近年、ずばり「アニマルスピリッツ」という名のベンチャー・キャピタルを設立されています。そんなお二人に、なぜ今、アニマルスピリッツが必要なのか、伺っても良いでしょうか。

徳成旨亮(以下、徳成) よくマスコミで取り上げられる日経平均株価というものがあります。経済のバロメータでもあるその日経平均株価は225社の株価の平均ですが、私はその225社のうちの2社、ニコンと三菱UFJフィナンシャル・グループでCFOを、足かけ9年ほどやってきています。

 ニコンは精密機器メーカー、三菱UFJフィナンシャル・グループは金融と、まったく違う業界なのですが、業種は違っても世界の投資ファンドで日本株を見ている人物は同じというケースも多く、先日もイギリスにあるクウェート投資庁のオフィスで久しぶりに会ったファンドマネージャーから、「おお、お前か!」なんて言われました。

 オイルマネーからヘッジファンド、年金基金など、世界中の投資家と言われるさまざまな人たちと会っているのですが、そういった人たちが日本をどう見ているのかと言いますと……皆さん、日本のことは好きなんですが、投資先として見たときは、残念ながら日本の株よりは成長率の高いアジアや中国の企業やアメリカのテックカンパニーの株を買う、日本株は素通り、というのが実情で。ただただ悔しいかぎりなんですよね。

 今、「PBR1倍割れ問題」が話題になっていますが、日本企業がグローバルな投資家のレーダーにとらえられていない。だから、「真の企業価値」に関係なく、株主価値や株価は安いまま放置されているのだと思っています。

朝倉祐介(以下、朝倉) 私も金融の現場にいて、それは強く感じているところです。

徳成 そうなったのは、私たち世代の責任でもあるんですよね。我々は、40年以上も金融、そして産業界で生きてきたわけですから。そこで「一体何が足りなかったのだろう?」と考えてみると、決して技術力がなかったわけではない。そして社員の能力が劣っていたわけでもなければ、おそらく経営者だけの問題でもない。

 ただ、社会全体のアニマルスピリッツが足りなかったのではないかと思うんですよ。たとえばアメリカのビジネスパーソンなどは「俺は絶対グレートになる」などと平然と言うじゃないですか。そういった、何事かを成し遂げようとする無邪気なまでの楽観、これが日本人にはあまりにもなさ過ぎると言えると思うのです。

 日本は今や自分たちの限界をみずから決めてしまうような社会になってしまった。それはなぜなんだろうと思い、学生時代に買った埃を被った経済学者ケインズの書をもう1回読み返してみました。すると、「企業活動は南極探検と大差がない」といった大胆なことが書かれていまして。

 ケインズは、合理的な「経済人」をベースとする近代経済学の祖のようなイメージだったので、「こんなことを書いてるんだな」とあらためて思ったのですが、そこに、まさに“アニマルスピリット”という言葉とその定義が書かれているのです。

朝倉 ケインズはアニマルスピリットという言葉を生み出し、やる気や野心、動物的な衝動といった、不安定で首尾一貫しない心理が経済に与える影響を重視した人でもあるんですよね。

徳成 さすが、お詳しいですね。それくらい経済成長に不可欠なアニマルスピリッツですが、残念ながら今の日本の状況を考えると、それはなかなか持ちにくいというのが実情です。

 少子高齢化ですし、人口減少、そしてデフレ。そういう状況の中で、皆が皆リスクを取るべきだとは言いません。ですが一部の能力がある人や会社、あるいはグローバルに戦っていける個人や企業が頑張っていかないと、日本全体が縮こまっていくだろうな、という危機意識を強く抱いています。それが今回、“アニマルスピリッツ”をキーワードに本を書いてみようと思ったきっかけでした。

「お金」さえあればスタートアップが増える……わけではない

朝倉 そうだったんですね。先ほどのお話のとおり、私はその名も「アニマルスピリッツ」という会社を起業しています。今なぜ日本にアニマルスピリッツが必要なのかということもお話したいのですが、そのお話に入る前にまずお伝えしたいのが、今日の僕はいつも以上に緊張してこの場に臨んでいるということです。

 というのも徳成さんは、これまではずっと「北村慶」名義で本を書かれていましたが、僕は学生時代・社会人時代とずっと、その北村慶さんの本を読んできていまして。僕のファイナンス知識はもちろん、知識以前のものの考え方の屋台骨も、そこから培われて今に至っているんです。

 今回、『CFO思考』という本が出版されると聞いて興味を持っていたところ、著者は北村慶というペンネームで書いていた方だと知って、びっくり仰天しました。もう20年来、「北村慶さんってどんな方なんだろう?」と思っていた謎が解けたのと同時に、徳成さんが本名で書かれた記念すべき第一冊目の帯文まで書かせていただくことになり、僕にとっては本当に特別な機会でした。

 加えて、帯文を書かせていただくにあたってゲラの前書き部分を読んでいたら、「アニマルスピリッツ」という言葉が出てきて、これまたびっくり仰天で。僕はまさにアニマルスピリッツという会社とファンドを立ち上げたばかりなんですが、それは「アニマルスピリッツこそが日本社会に必要だ」と痛感しているからこそで、特にひねりもなくそのまんま名付けたわけです。

 そんな思い入れの強い言葉がいきなり前書きに現れて、とんでもないシンクロニシティを感じました。

CFOのマインドセットが変われば、日本経済は変わる朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ) アニマルスピリッツ代表パートナー、シニフィアン株式会社共同代表。兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て現職。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。