菌と動物との共生は
いつごろから始まったか

 菌と動物との共生はいつごろから始まったのでしょうか。腸内細菌の場合、動物が消化器官を確立した当時から始まったといわれています。地球上に酸素が現れたときに、それまで嫌気的環境に生息していた嫌気性細菌が新たに現れた酸素から逃れるため、嫌気的環境を探し求めました。そこで見つけた場所が動物の腸内であったのでは、という説です。

 つまり、口から取り込まれた嫌気性細菌が酸素の乏しい小腸や、酸素がない大腸に住みついたのではないかということです。そう考えると、嫌気的環境である腸内は、嫌気性細菌である大腸菌や乳酸菌などにとっては絶好の環境であったに違いありません。

 この説が正しければ、はるか昔、ヒトの祖先の発生初期からヒトと菌は共生してきたことになり、随分と古い関係になります。一般に、生物は侵入者に対して免疫反応を示しますが、このような古くからの関係だとすると、免疫の面では徐々に寛容になっていったのだと考える他ありません。そして、お互いに利用しあい、共に進化してきたのでしょう。

書影『「利他」の生物学 適者生存を超える進化のドラマ』(中央公論新社)『「利他」の生物学 適者生存を超える進化のドラマ』(中央公論新社)
鈴木正彦・末光隆志 著

 腸内細菌の分類では、善玉菌、悪玉菌、または日和見菌という名称がよく使われますが、実はこの分類は、微生物学者の光岡知足氏がヒトに役立つかどうかという見地から付けた名称で、分類学的な記述ではありません。

 実際の分類では、ヒトの腸内フローラは、ラクトバチラスやクロストリジウムなどのファーミキューティス門、バクテロイデスなどのバクテロイデテス門、ビフィズス菌などのアクチノバクテリア門、大腸菌などのプロテオバクテリア門の四門でほとんど占められています。

 腸内フローラは、食事の変化などで菌種の割合は変動しますが、腸内細菌は常時、ヒトの体に住みつき共存しています。そして、これまで述べたようにヒトの心身に様々な影響を及ぼしています。

 分子生物学の基礎を築いた先駆者のひとりであるレーダーバーグは、ヒトの体をヒト自身と菌(腸内細菌以外も含めた菌)からなる“超生命体”と呼びました。腸内細菌に限らず、自然界では地衣類のように共生が進んで、一つの生命体のように見られる例が数多くあります。

 我々人間もまた、様々な生物と共存して生きていることを忘れてはなりません。