腸内細菌を除去すると、どのような変化が起こるのでしょうか?こうした実験がマウスを使って行われました。その結果、抗生物質で腸内細菌を駆除して作成した無菌マウスでは、落ち着きがなくなり、学習能力も低下することが見られました。

 また、恐怖反応を示さず、無鉄砲な動きをするようになりました。ところが、このマウスにビフィズス菌(善玉菌)を与えると、そうした行動がなくなり、正常なマウスと同じように振る舞うようになります。

 この場合、どんな菌でもよいというわけではなく、別の腸内細菌であるバクテロイデス菌(日和見菌)を与えた場合には、何の効果もなかったそうです。無菌マウスの落ち着きがなく学習能力が低下する気質は、どうやらビフィズス菌を除去したことが原因だったようです。

 他にも、GABA産生菌が少ないと行動異常や自閉症を起こすことが知られていますし、食物繊維を多く取る国では自殺が少ないという研究結果もあります。腸内細菌は、ヒトの精神衛生にも大いに影響を与えているのです。

赤ちゃんが老いて死ぬまで
人間は菌と共に生きている

 ここまで、ヒトが生きていくうえで、腸内細菌がいかに役立ってきたかを見てきました。これに対して、腸内細菌は何のためにヒトの体内に住んでいるのでしょうか。

 ヒトに限らず、動物は昔から菌のお世話になっていました。草食動物は、牧草などの草を主食にしていますが、肉を食べずとも隆々とした筋肉を持っています。これは、草食動物の消化器官に生息する菌のおかげです。

 そもそも、動物は植物の細胞壁を形成するセルロースを分解できません(カタツムリなど特殊な例はありますが)。牛や羊が草を食べて消化できるのは、彼らの特殊な胃(ルーメン)に存在する菌のおかげです。

 セルロースを分解できる菌が、ルーメン内で植物の細胞壁を分解し、栄養源にしているからです。さらに植物は、リグニンという細胞壁を保護する強固な物質に囲まれています。そのため、動物は植物を食べたとしても細胞壁を消化できません。

 共生によって、動物はセルロースやペクチン、リグニンなど、植物の強固な細胞壁成分を分解することに成功し、植物を消化できるようになりました。分解能力がある菌の力を借りたのです。

 さらに、消化管に住む菌によって栄養物の転換を行い、必須アミノ酸を含むタンパク質を獲得することもできるようになりました。このようにして、反芻動物はルーメン発酵で微生物タンパク質を作り出します。反芻動物にとって、ルーメン内の菌は生存になくてはならないものです。