「リサーチのためのリサーチ」ではなく
「結果に結び付くリサーチ」への工夫

鈴木氏広げているPhoto by H.K.

大野 多くのリサーチ会社や企業内のリサーチ部門は、リサーチレポートを作って、それを不特定多数の顧客に提供するというビジネスモデルが前提かと思います。

 でも私たちの場合は、グループ会社内という、「提供先」があらかじめわかっているので、そこの目標や事業計画、事業のプライオリティ、課題を事前にヒアリングした上で、レポート作りに反映しています。

(1)のトレンドリサーチであっても、ソニーグループに明らかに関係ない領域はリサーチの対象から外しています。主力の6事業と、今後可能性があるかもしれないところに、ヤマを張っているんですね。スコープをどこに絞るかは、リサーチャーの腕の見せどころです。

鈴木 (1)のトレンドリサーチで見えてきたものをもとに、(2)のR&Dの専門部門へ「こういう開発をしたらどうか」と提案することもあります。さらに(3)のルーチンワーク、つまり、既存製品のデザインに生かされることもある。(1)(2)(3)と分かれてはいますが、相互に関連することもあるので、実はつながってもいるのです。

世の中に知られていない素材や技術を
リサーチとデザインで生活に結び付ける

米田 どのようにして、リサーチ内容を事業部などの現場へ導入しているのですか?

大野 リサーチ結果を言語化したものだけで提案されてもピンと来ないと思います。そのため、リサーチ結果をもとにして、ビジュアライズした「デザイン提案」を提示することが多いです。

CMFPhoto by H.K.

 前述のCMFフレームワークによるアウトプットもそうですね。触ることのできるサンプルを毎年作っているんです。そこからデザイナー等がインスピレーションを得て、サービスやプロダクトのデザインに落とし込む。あるいはカラーパレットを参照して、スマートフォンやイヤホンの色使いを決めたりします。

 実際にCMFフレームワークで掲げた「共鳴するエネジー」というテーマが、(スマートフォンと連携する)モバイルモーションキャプチャー「mocopi」という商品のデザインにつながった例もあります。

鈴木 製品開発やデザインの参考にするだけでなく、事業部や営業部、あるいはお客様にデザインをプレゼンテーションする際に、CMFフレームワークのサンプルを使うと理解が得られやすいということもあります。

 例えば、色を議論するとき、色というのはどうしても個人の好みで考えてしまいがちですが、「時代の潮流をマクロで見た結果で選んだ色です」と、その色を提案した背景をリサーチ結果やサンプルをもとに説明すると、納得してもらいやすいんです。

samplePhoto by H,K.

米田 (1)の「トレンドリサーチ」とCMFが実際の製品に落とし込まれていく過程はよくわかりました。(2)の「R&D向けのリサーチ」が具体化する例も教えていただけますか。

鈴木 例えば、要素技術の開発部門から、TENG(Triboelectric Nanogenerator)という摩擦帯電型ナノ発電についての話を聞いて、そのような特殊な技術をどのような製品にできるかを考えたとき、傘に活用するというアイデアが出てきました。

 雨が降ると、雨粒が傘の生地をたたきますよね。そこで生まれた電力で傘の表面を光らせ、雨の夜道でも安心して歩くことができる照明のように使うことはできないか? といったように、開発中の素材や技術を使って「こんな製品やユーザーエクスペリエンスが提供できそうだ」と議論し、製品展開をコンサルティングしたりします。
(参考動画:Direct energy harvesting – Tapping/Raindrop)。

米田 リサーチとデザインによって、素材や技術を、私たちの生活に結び付けているわけですね。

大野 私たちリサーチャーやデザイナーが要素技術の開発段階から関わることができると、非常にオリジナリティのある製品が生まれることになります。「私たちの部署でこのような製品を作ったんだけど、これをどうアピールしたらいいか」というニーズに対して、ビジョンメイキングをすることもあります。

米田 デザインリサーチの重要性というのは、社内でどのくらい理解されているのでしょうか。

大野 すごく重宝してくれるところもあれば、さほど関心のない部署もやはりあります。エレクトロニクスだけでなく、他の部門でも活用できるように工夫してレポートを作っていますし、なるべくいろいろな部署に活用してもらえるように努力はしています。例えば金融の領域では、ブランド戦略や製品開発の参考にしたり、CMFフレームワークをもとにワークショップを実施したりしている部署もあるようです。リサーチをする過程で取材などで知り合った人を、社内の専門部署につなげることもあります。

米田 デザインリサーチャーに必要な資質とは何でしょうか?