「認知症の人に限らず、たとえば、よく知らない営業マンにいきなり『これはすごくいいものですよ』と薦められたとしても、簡単には信じられないし、聞く気になれないものです。逆に顔見知りで信頼している人の話であれば、素直に聞く姿勢になるはず。認知症の方がかたくなになる現象は、基本的にこれと全く同じなのです」

 つまり認知症によって、かたくなな性格になったのではなく、認知症の症状によって、かたくなにならざるを得ない場面が生まれているのだ。

「認知症は、脳のさまざまな認知機能の不具合を生じさせるため、何度も会っている相手や家族でさえ、よくわからなくなり、病識も低下します。その状態で一方的に身の回りのことをあれこれ手伝おうとされても、受け入れがたい気持ちもわかりますよね。自分の家かもハッキリしない場所で、『ここはあなたの家だから』『あなたは病気だから』という前提で進められれば、反発心が芽生えるのも無理はないのです」

認知症の人を
「論破」するのはNG

 では「かたくなな気持ち」になるメカニズムを理解した上で、私たちは、認知症の人にどう接していけばいいのだろうか。

「認知症の人が間違ったことを言っても、『論破しない』ことが大切です。相手の間違いを正す必要はありません。どれだけ『それは違う』と説明しても本人の不安や疑念が消えない限り、納得はしてもらえません。認知症の人は、日々、不安と緊張、混乱の連続の中で生きています。そして失敗を重ねて、自信を失い、過剰な防衛本能が出てしまっているのです。したがって、頭ごなしに論破するのではなく、全く別の話題で気持ちを切り替えてもらったほうが、スムーズに話を聞いてくれます」

 共著者で介護ヘルパー歴30年以上の藤原るか氏も、認知症介護の現場では、説明的になりすぎないよう心がけているという。

「たとえば、なかなかお水を飲んでくれない方には、『熱中症になるから飲んで』と説明するのではなく、『一緒に乾杯しようよ!』とお願いしてみます。また、猫が好きな人には猫の話題を出してみたり、お孫さんの名前を出してみたりします。問題解決を急ぐのではなく、相手が少し楽しくなる別の切り口を探して、警戒心を解いてもらうほうが効果的です」

 藤原氏のように一見、遠回りにみえるやり方でも、まずは相手の気持ちをほぐすことを意識するといいようだ。また家族だからこそ、つい発症前と比較して、悪気のない嘲笑をしていないかも気をつけたいところ。

「認知症になる前の姿を知っている分、『そんなことも忘れちゃったの?』とバカにする態度を取ってしまうご家族は意外といるのですが、本人のプライドを傷つけ、よりかたくなにさせてしまう原因にもなります」

 認知症が進行し、記憶や思考力などの認知機能が低下しても、うれしい、楽しい、嫌い、腹立たしいなどの感情はずっと残っているという。

「認知症の人の自尊心を傷つけないよう、私たちヘルパーは日々、言葉遣いに気をつけています。ちょっとした表情、何気ない一言がきっかけで患者さんの食欲が落ちたり、体を動かしたくなくなったり、うつ状態を引き起こしてしまうこともあります。難しいときもあるかもしれませんが、こちらが穏やかになれば相手もだんだん穏やかになると信じて、相手の人格を尊重しましょう」

 常に私たちには計り知れない不安や緊張状態に置かれていることを理解し、安心と自信を与えることが、認知症の介護においては重要なポイントになるようだ。