直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
歴史小説の成り立ち
ここから“歴史小説の歴史”について見ていきましょう。厳密にいうと、歴史小説と時代小説の成り立ちは異なります。
諸説ありますが、歴史小説が始まったのは、明治の終わりから大正期頃とされています。
たとえば、明治後期には塚原渋柿園(つかはらじゅうしえん)という作家が、新聞に歴史小説を連載していたという記録が残っています。
歴史小説と軍記物の違い
著名な作家でいえば、大正期以降に森鷗外や島崎藤村といった人たちが歴史を題材とした作品を発表しています。
特定の個人が開始したというより、同時多発的に始まったムーブメントといえるでしょう。
江戸時代以前にも『平家物語』や『三国志』など、歴史を語る物語は存在していました。
しかし、これらは「軍記物」と呼ばれるジャンルであり、武将の武勲や武功に焦点を当てている点で、現在の歴史小説とは別物とみなすのが一般的です。
時代小説の成り立ち
一方、時代小説は、講釈(講談)を源流としていると考えられます。
講釈は江戸時代に確立された、軍記物や仇討物などのストーリーを観衆に向けて読み上げる芸能です。
たとえば、講釈で「忠臣蔵」のストーリーを語っていたものが、印刷文化の普及にともない「紙に書き起こせるなら本にすればいい」と気づいた人たちが登場し、小説を書くという文化が徐々に広まっていった。
恐らく、こんな流れで時代小説が誕生したと推測されます。
時代小説のブーム
歴史小説に先行して、明治期には時代小説のブームが起き、「髷物(まげもの)」と呼ばれる大衆小説が読まれるようになりました。
髷物とは、男性が髷を結っていた時代を舞台にした小説や演劇、映画などの総称です。
この時代には村上浪六などが任侠の世界をモチーフとした「撥鬢(ばちびん)小説」を発表し、一世を風靡しました。
時代小説からの歴史小説
大正期に入ると中里介山の長編小説『大菩薩峠』が大人気となり、時代小説の人気を不動のものとしています。
時系列で整理すると、時代小説がブームとなっているところに、急に歴史小説が立ち上がったようなイメージです。
そして、昭和の初め頃から子母沢寛、直木三十五や吉川英治といった黎明期の書き手が台頭していったのです。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。