仕事のデキない人が忘れている
たたき台で重要な5つのこと
そんな手法を使いこなしてきた田中氏は、具体的なたたき台の構成要素として、次の「基本の5S」を列記している。「5S」とは、各要素のローマ字の頭文字を取ったものだ。
たたき台を作っても「議論が盛り上がらない」という人は、この5点を忘れているはずである。
(1)スピード:「とりあえず」でいい、まずは手を動かす
(2)シンプル:とにかくわかりやすく!
(3)刺激:みんなから反応を引き出す
(4)質問力:たたき台を見せながらのQ&Aを事前に想定し、的確な質問を考えておく
(5)隙:ガチガチに固めない、あえて突っ込ませる
このうち(1)と(2)が何より重要だ。とにかく人は見栄えのいいもの、完璧に近づけたものを作りたがるからだ。
プレゼンソフトの「パワーポイント」など使う必要はない。手描きで十分だ。たたき台は、見た目よりも内容を優先させ、アイデアが浮かんだらすぐにボールペンで簡単な図を書いてみて、それを最低限見やすくするだけでいい。
見た目をきれいに仕上げてしまうと、かえってあらが目立たなくなってしまう。それではたたき台の意味がない。
本書に例示されているわけではないが、私はこの「5S」の解説を読むなかで、たたき台の好事例を思い出した。それはアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏の「紙ナプキンのループ図」だ。
ベゾス氏はアマゾン創業期、「多くの売り手と買い手を集め、持続的に成長する」「低コスト構造によって低価格を実現する」といった輪が重なる「二重のループ図」をささっと手描きしたという。しかも、レストランの紙ナプキンにだ。
ベゾス氏はこの図を仲間たちに見せ、議論をしてビジネスモデルを練り上げていった。巨大企業アマゾンは、たった1枚の紙ナプキンを「たたき台」にして生まれたといえる。
では、本書の内容に話を戻す。繰り返しになるが、たたき台は「間違い」を前提としており、間違いを見つけるためのものだ。にもかかわらず、ビジネス界でいまひとつ「真剣に作られない」理由は何なのか。
田中氏はこの点について、日本社会に「間違ってはいけない」と失敗を恐れる風潮があるからだと指摘している。
間違いや訂正することを嫌い、完璧を求めるという日本人の性向は、品質や機能に優れた日本製品の評価にもつながった面もある。だがその半面、思考停止に陥り、イノベーションを阻害してきたという負の側面もある。
田中氏は「良いたたき台」を作る習慣が広まることで、こうした風潮を和らげたいと考えている。そして「間違いを認め合い、それを改善していく『優しくたたき合う社会』」の実現を願っているという。
本書を参考に、まずは「手書き」で「スタンスを取った」たたき台を作ってみてはいかがだろうか。たとえダメ出しされたとしても、結果的に良いアイデアがまとまれば、それはあなたが一歩踏み出した成果なのだから。
(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)