「戦わなくていい場所」はどこにある?
続くディスカッションでは田川欣哉氏のナビゲートの下、ブランディングの本質に迫るキーワードが飛び交う熱い議論が展開された。例えば、価値あるユーザーエクスペリエンスを生み出す鍵として何度も言及されたのが「生活者」という言葉だ。
「商品やサービスの企画は、これなら売れる、というマーケティング的な発想じゃなく、常に『今の世の中でどんな生活が望ましいか』という生活者視点から始まります。そのためには、自分たちがまず生活者としてのアンテナを持ってなくちゃいけない」と嶋崎氏。その結果、これまで社内で信じられてきた「正しさ」の否定や破壊が必要になることも少なくない。
「店長の裁量で実験的な店づくりをしたり、マーチャンダイザーの裁量でこっそり新商品を投入したり……。批判覚悟で前例のないことをやってみる。失敗もしますが、こうした突破によって実績が生まれると、否定が肯定になり、新しい世界が開けていきます」(嶋崎氏)
変化しようとする「遠心力」と、強いコンセプトが生み出す「求心力」がせめぎ合い、重心がじわじわと動いてブランドが進化していく──。コンセプトを動的に解釈し、価値提供の仕組みや手法の新陳代謝を促す上で、個人の持つ「突破力」が大きな役割を果たしていることが分かる。一方、ゼロから1を生み出し、ブランドの土台をつくる際にも「突破力」は重要だ。
「僕らは新ブランドを立ち上げる経験を繰り返してきて、ストラテジーうんぬんより、とにかくやってみること、属人的なパワーで壁を突破することの強さを実感しました。新しいコンセプトほど、市場を獲得するのに時間がかかる。覚悟と信念がなければこれを乗り越えることができません」(野崎氏)
また、鷲田祐一氏による「価値観やルーツの異なる競合とはどのように戦うのか?」という問いからは、「競合的思考を持たない」「いかに戦わないで済むかを考える」という議論が盛り上がった。
「他社との差別化に気を取られると、提供すべき価値、という一番大切な方向性を見失いかねない。スマイルズでは競合分析はおろか、飲食のトレンドすら議論の場に持ち出しません」(野崎氏)
では、戦わなくて済む場所はどこにあるのか?
「ブランディングでは、戦わなくても指名買いされる状況を生み出すことが大事。そのためには自分の中から"らしさ"を見つけ出してデザインしていくしかない。場合によっては短所も価値になるので、素直に自分たちと向き合うこと。表面は模倣できても、哲学や思いは模倣できません」(野崎氏)
「無印良品は97年にスキンケア商品に参入しました。化粧品は大きなプレーヤーが莫大な広告費をかけてしのぎを削る市場ですから、当時は社内でも参入に否定的な意見が多かった。でも、ここで業界の土俵に乗らず、無印良品らしいやり方を貫いたからこそ、結果的に独自のポジションをつくることができました。無印は、創業時から常に『消費文化を否定しながら商品を売る』という矛盾を抱えています。この板挟みがあるからこそ、他社と同じ戦いをしなくて済むともいえる」(嶋崎氏)