誰もが「自分ごと」として生活をデザインできる社会へ

 ただし、こうした「デザインの力」は、まだ広く社会に認知されているとは言い難い。デザイン業界と社会の橋渡しに取り組む原川氏は、「デザインという言葉が指し示す範囲は、一般的に思われているよりずっと広い。もっとデザインを身近に感じてほしい」と強調する。

「人間中心の未来社会」を創造するデザインの力原川宙氏

 デザインといえば、「絵を描ける」「特別なセンスが必要」といったイメージで語られることが多い。しかし、原川氏は、実際には『使いやすさ』や『分かりやすさ』に直結した現実的な活動であることと同時に、私たちの身近な行為につながる日常的な概念であることを指摘する。

「プロのデザイナーの仕事も、要素分解すれば『ユーザーへの思いやり』『新しいことへの好奇心』といった態度や、『観察する』『可視化する』といった行動の集合体で、これらはデザイナー以外の人も日常的にやっていること。極端に言えば、今日は何を着よう、明日は何を食べよう……と考えることも生活のデザインです」(原川氏)

 その一方で、政策やビジネスにデザインを活用する際には、プロジェクトのアジェンダに応じて「デザインの提供価値」をしっかりと定義することが重要になる。実際にNECでは、その定義付けを行ったことで、企業ビジョンの策定や、経営トップが発信するメッセージ構築にまでデザイン部門が関わるようになったという。

「20年に『NECにおけるデザインの提供価値』を定義した結果、デザインの射程が大きく広がり、デザイン部門は経営企画部門に位置付けられた。デザインの価値を適切に定義できれば、企業や自治体でデザインを活用した取り組みはもっと広がっていくはず」(勝沼氏)

 それを受けて、浅沼氏からデザインの定義に対する認識の変化が表れている例が紹介された。

「歴史あるデザインアワード『グッドデザイン賞』も、最初は製品だけが対象でしたが、今ではサービスからビジネスモデル、コミュニティーづくりにまで対象が広がっている。多くの人がデザインの価値を感じる機会が増えており、これから社会の意識がさらに変化していくことに期待」(浅沼氏)

 デザインを「人間中心に考えるアプローチ」と考えれば、応用範囲は無限に広がる。これまでの議論を踏まえ「理想のデジタル社会の創造には、生活者一人一人の参加が欠かせない。まずはその一歩として、生活の中のさまざまな課題に目を向け、デザインでこれらがどう変わるかを考えてみる──。このセッションがそのヒントになれば」という浅沼氏の言葉で本セッションは締めくくられた。

「人間中心の未来社会」を創造するデザインの力