なっていると思います。東宝という場所だからこそ出会えた役者やクリエイターもいっぱいいますし、在籍中には50年に一度くらいにしか巡ってこない新劇場の立ち上げにも携わることができました。私が卒論で書くほど憧れている菊田一夫先生もプロデューサー出身の演出家ですので、「いつか私も演出家への道が開けるかもしれない」と考えていました。

転身のタイミングは自分で決めました。シアタークリエを無事にオープンさせて2年ほど経った頃には、プロデューサーとしての仕事も安定し、周りからも評価を得られるようになっていたのですが、「このままだと、私は演出家に転身する勇気が持てなくなってしまう」と危機感を感じたんですよね。「貧乏に耐えられる年齢のうちに」と31歳で東宝を辞め、演出家として独立しました。

コロナ禍で改めて感じた「演劇の価値」

──以来、海外の有名ミュージカル作品、コンサート、ショーの演出など活躍を続けていますが、演出・脚本・作詞を一手に担う「オリジナルミュージカル」に特に力を入れてきたそうですね。

はい。『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』といった、すでに海外で高く評価されてきた作品のレプリカを再現する演出もやりがいはあるでしょうし、興行的にも成功確率は高まります。でも、やっぱり、私たち自身の言葉で、私たちの目線で語る物語を、私はつくっていきたいと思うんですよね。自分たちの物語を、ゼロから生み出していきたい。もちろん、簡単な挑戦ではありませんが、たゆみなく年に1作はつくり続けています。

──ゼロから生み出すことへの苦労を、どうやって乗り越えているのでしょうか。