空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。西成活裕氏(東京大学教授)「あらゆる人におすすめしたい。壮大なスケールで「知的好奇心」を満たしてくれる素敵な本だ」、鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)「美しい空や雲の話から気象学の最先端までを面白く読ませる。数学ができない文系の人こそ読むべき凄い本である」、斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【漫画「ブルーモーメント」監修者が教える】雪は天からの手紙…クリスマスに読みたい気象のはなしPhoto: Adobe Stock

江戸時代の雪の結晶図

 雪は昔から、人々を魅了してきました。アイザック・ニュートンも雪の結晶の形を調べていたといわれていますし、江戸時代には下総国古河藩(現在の茨城県古河市)の藩主・土井利位(一七八九―一八四八)が顕微鏡で観察した八六種類の雪の結晶図などを収めた『雪華図説』を出版しました。

 それをきっかけに、江戸では「雪華」模様が流行し、浮世絵やかんざし、着物の布地など様々なものに使われるようになりました。ちなみに、浮世絵に描かれた女性の着物には、樹枝状や扇形の結晶が多く見られますが、これは関東でよく降るタイプの結晶です。

 江戸時代も現代も、関東の雪結晶の特徴は大きくは変わっていないのかもしれません。雪を愛した科学者 雪の研究といえば、中谷宇吉郎(一九〇〇―一九六二)が有名です。彼は世界で初めて人工雪を作ることに成功しました。

 気温と水蒸気の量によって雪の結晶の形がどう変わるかを解明した中谷は、雪の研究だけでなく、文学・芸術の方面でも精力的な活動をしてきました。中谷はいくつか有名な言葉を残しています。その一つが「科学と芸術の間にはガラスの壁がある」という言葉です。

 科学者と芸術家はその本質において非常に似ているという意味だと、私は認識しています。研究や創作に没頭しているときの心の状態も似ていますし、新しいものを見出そうとする点においても類似性があります。一方で、科学と芸術の間には相容れないものがある、いや、むしろ、互いに補うものがあるという意見もあり、その微妙なニュアンスを「ガラスの壁」と表現したのかもしれません。

 私は映画『天気の子』の気象監修や絵本・図鑑などの制作をしてきた経験などから、両者の組みあわせに可能性を感じています。とりわけ『天気の子』は、新海誠監督がもともと「科学的に整合性のとれた表現」を目指していることもあり、作品中に登場する気象表現を限りなくリアルに近づけながら、ストーリーに必要な要素を上手く組み入れることで、より深みと説得力のあるエンターテインメントに仕上がりました。

「芸術は感性で作るもの」といわれますが、その背景に科学への深い知見が加わると、より豊かな表現ができると思うのです。逆に、科学についても表現方法を工夫することで、より面白く、心に響く伝え方ができそうな気がしています。科学と芸術を別個のものとして分けるのではなく、両者を掛けあわせることで、新たな地平が開けるのではないかと期待しています。

「天から送られた手紙」を集める

 中谷の有名な言葉に「雪は天から送られた手紙」があります。これは、雪の結晶の形はその結晶が成長する雲の中の気温と水蒸気の量によって異なるため、空から降ってきた雪の結晶を観察することで、雲のことがわかるというものです。気温によって角柱状・角板状になるかが変わり、水蒸気量が多いとより大きく成長するのです。

 観測技術が発達して研究が進んでも、雪の結晶の形はあまりにも多様なため、数値化は非常に難しいのが実情です。環境によって全く違う形に成長しますし、融け具合によって落下速度も変わります。落下する様子を連続撮影できる機械もありますが、非常に高価なため多くの地点で観測できるほど普及していません。現時点では、落ちてきた雪を観察する方法が有効なのです。

 機械的に行うのが簡単ではない雪結晶の観測ですが、防災の観点からも、雪結晶の解析は非常に重要です。とりわけ、めったに降雪のない太平洋側では、少しの雪で交通が麻痺し、転倒してケガをする人が続出するなど、大変な事態になります。「どこで、どのような種類の雪が降ったか」を解析し、雪雲の仕組みが解明できれば、予報の精度が向上し、被害を最小限に抑えることにつながるのです。

 そこで私は、一般の方がスマートフォンで撮影した雪の結晶の写真を、SNSなどを通して集めて解析する「#関東雪結晶 プロジェクト」を気象研究所で実施しました。これは、インターネットやスマートフォンが普及した二〇〇〇年代からアメリカなどを中心に広がった「シチズンサイエンス(市民科学)」という方法です。

 市民の力を借りて大量の情報を集め、科学者だけでは得られなかった知見の獲得を目指したのです。雪の結晶は見た目が美しく、実物を目にすると気持ちが高揚します。美しい結晶の写真を撮りたいという人々の気持ちも、シチズンサイエンスに協力するモチベーションとなっています。

 もちろん、防災に貢献したいという思いで参加してくれる方もいますし、何種類の結晶を観察できるか全力で楽しんで参加される方もいます。それからというもの、雪の降る日は、関東に限らず様々な地域から多くの結晶写真が届くようになりました。

 さらには、「撮りたい気持ち」は、自然と人々の防災リテラシーを高めます。「美しい雪の結晶を撮るために雪がいつどこで降るのかを知りたい」と防災情報にアクセスするきっかけになるのです。次第に天気予報や防災情報に詳しくなるという利点もあります。

 市民から寄せられた雪の結晶画像は、解析に大いに役立っています。研究所にある観測機器のデータと組みあわせて解析すると、「どのような粒子がどんな雲で生まれ育ち、降ってきたか」を知ることができるのです。

【漫画「ブルーモーメント」監修者が教える】雪は天からの手紙…クリスマスに読みたい気象のはなし写真:荒木健太郎

雪の日に美しい映像を

 雪の日にもスマートフォンのスロー撮影で遊べます。窓の外をスロー撮影するだけで、雪の結晶がくっついてふわふわと落ちてくる「牡丹雪」の美しい姿が確認できますし、背景が暗めの景色を選んで撮れば雪がさらにくっきり見えて、雰囲気のある美しい動画になります。雪が止んだあとは、積もった雪にも注目してください。私が好きなのは「雪の粘性」を感じる現象です。

 雪国では、屋根に積もった雪が丸く曲がって屋根からはみ出していることがあります。これは「雪庇」といい、冬にニュースなどで見かけます。このような形になるのは、雪の集合体である積雪が粘り気を持つためです。同様の仕組みで、関東でも見られたのが「雪紐」です。ベランダの手すりなどに雪がこんもり積もることがあります。その後に風が吹き、積もった雪が動きかけたものの粘性によって持ち堪えると蛇のような曲線を描きながら手すりにへばりつきます。雪紐のできあがりです。雪紐は従来、雪国だけのものと考えられていましたが、関東でも発生することがわかりました。

 雪の粘性といえばもう一つ、「雪まくり」という現象もあります。これは雪の層が一部分だけ巻き上げられ、ぐるぐるとロール状に転がってできるものです。まるで、自然が作る「雪だるま」です。また、ある程度の雪が積もって晴れた日には、積雪しているところを横から少し掘ってみてください。上から光が届くくらいの場所を掘ると、その中が青く光って見えることがあります。これは氷河が青く見えるのと同じ仕組みです。

 水を多く含む湿った雪や氷には、波長の長い赤い光を吸収し、青い光を通しやすい性質があります。特に、雲粒のついていない結晶の積雪では、結晶がでこぼこしていないために通る光の量が増え、青い雪が見えると考えられています。白い雪の中に突然現れる青色は、雪の日にしか見られない、とっておきの美しさです。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋、編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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