ドラッカーが問い続けた
「ビジネスの目的」

 ドラッカーは、みずからを社会生態学者と称していましたが、その一方で、経営コンサルタントという顔を持っていました。これは有名な話ですが、彼はクライアントとの最初のミーティングで、開口一番、「ホワット・イズ・ユア・ビジネス?」(どんな事業をなさっているのですか)と質問するのがもっぱらでした。

「ドラッカーともあろう人が、クライアントのことを事前に調べてこないのか」なんて、やぼなことは言わないでください。彼は、この質問をきっかけに、「その会社の使命(ミッション)は何か」「顧客はだれか」など、当たり前だけれども日頃まじめに考えていない質問を投げかけながら、その会社の「あるべき姿」、ついには「目的(パーパス)」を引き出していくのです。

 ドラッカーは、なぜ「目的(パーパス)」にこだわったのでしょう。おそらくは、彼が多感な青春時代を過ごした20世紀初頭のウィーンに原体験があるのでしょうが、少なくとも、「企業は社会の一部」であり、「企業、ひいては経営者や社員には、よい目的(パーパス)が必要である」と信じていたことは間違いありません。

 たとえば、1943年に発表した『産業人の未来』で、「産業社会には、基本的な社会目的(ソーシャル・パーパス)が欠如しており、それが問題の核心である」と指摘しています。

 また、1954年に著した『現代の経営』では、「企業の目的(パーパス)は、間違いなく社外にある。なぜなら、企業は社会の重要な一部だからである」とも述べています。そして「利益を追求することは、けっして企業の目的ではない」と訴えました。

 さらには、「私が『企業とは何か』と尋ねると、たいてい『利益を創出するための組織です』という答えが返ってくる。これは間違っているばかりか、見当違いもはなはだしい」といった苦言を呈しています。

「アメリカのビジネス・スクールではドラッカーは読まれない」と言われていますが、まさにその通りで、ビジネス・スクールはドラッカーのこうした見解を軽視してきました。しかし、いまやドラッカーは再評価されるべき時期にあります。

 その知見の幅と思索の深さから「イギリスのドラッカー」とも称される経営哲学者に、チャールズ・ハンディという人物がいます。彼もドラッカーと同じく、かねてから「経済的利益は目的(パーパス)ではない」ということを主張していました。

「市場経済、競争、効率は、それ自体よいものだが、意図せぬ副作用を引き起こしている。(中略)これらは、われわれが直面しているジレンマを解決する答えでもなければ、またそれを生み出した唯一の原因でもない。生活を支える一部ではあるが、生活の目的ではない」

 半世紀を経て、経済学の寡占(かせん)の論理を逆手に取って企業の競争優位を論じてきたポーターの口から、まさか「社会との共存共栄」という台詞が出てくるとは、ハーバードからの誘いを何度も断ったドラッカーにすれば、想像だにできなかったことでしょう。

 とはいえ、ひるがえって考えてみれば、企業やビジネスの「目的(パーパス)」を問うことは、古くて新しい課題であり、21世紀におけるビジネス・パーソンの必修課題なのです。

(次回は3月29日更新予定です。)


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紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。
組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。

目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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