日本では教育の時点で二極化が進んでいる

徳成 それよりも英語ができるようにしてあげたほうが絶対にいい。海外留学も含め、若いうちに外と触れ合うほうがいい。だから僕、余談ですけど、10数年前、民主党政権にも自民党が政権復帰後も政府に「教育資金贈与信託」を作るよう働きかけたんです。

 これは、祖父母が孫へ教育資金を提供しやすくするための信託。日本国に残すのは教育だと僕はずっと思っているので、そこへの税制優遇をしましょうよ、と。そうすれば子育て世代の負担が軽くなって消費が拡大し、経済も回りますしね。

 問題は、どういう教育を次世代を担う子どもたちに与えていくべきか。「正解はひとつ」であり「正解をひたすら覚える」という従来型の日本の教育を与えるのは、それは違うんじゃないの? と僕なんかは思っているわけです。

堀内 私の少し下の世代の友人たちは、ほぼ子どもをインターナショナルスクールに行かせているか、もしくは海外の学校に行かせていますね。だからなのか、日本は今こんなに子どもが減っているのに、インターナショナルスクールは開校ラッシュなんですよ。私の家の近所にもインターナショナルプリスクールがありますが、そこも大人気ですごい倍率です。

 一方、日本の学校は「潰れる潰れる」って大騒ぎしているのに、何なんだろうこれは、と思います。教育も資本主義的な競争になっていて、勝ち負けがハッキリ出てきているというか……。

徳成 均質性というのは日本社会の良さでもありましたけど、今や教育から二極化が始まっているのかもしれないですね。とはいえ、日本の平穏性とか安定性みたいなものは、この均質な社会によって保たれているわけでもありますから、そこは二律背反ですね。それに、個々人レベルで考えても、どっちの教育を授けるべきか難しいところもありますよね。

――前回の記事で話題になったUWC ISAK JAPAN(2014年に開校した長野県軽井沢にある全寮制の私立インターナショナルスクール)の入学案内を調べたことがあるのですが、お金も高いし(※)、倍率もすごい。どこをどう転んだら通えるんだろう、と思いました。

※UWCはその建学の精神から、7割の子供たちに奨学金を出しており、実際の授業料はそれほど高くない

堀内 UWC ISAKは世界中から生徒が集まってきますからね。高校3学年の全生徒数約200人のうち、日本人は40人ほどしかいません。公用語が英語ですし、お金があったとしても、そもそも英語がかなりできないと入れない。

 UWC ISAKでは中学生を対象としたサマースクールを実施していますが、そこで子どもが英語をけっこう喋れるかとか、友達となじんでいるかとか、そこからセレクションが始まっていると聞きます。あとは親が入れることに一生懸命でも、本人がそれほど積極的でないと入れない、とか。

――クリアしなければいけない壁が多すぎて、どう逆立ちしても苦しいなと思いました。でも、そういうところに入る日本人が増えていかないと、世界でルールメイクする側に行けないということですよね。

堀内 そうですが、ただインターナショナルスクールに行けばいいという話では決してなくて。やはり自覚的に行かないと。そうでないと、英語はまあまあ喋れるけれどネイティブではない、しかも日本語が怪しくて漢字はあまり書けません、というような人になってしまうと、それはそれで大変ですから。

徳成 だから、どちらが幸せなのかわからないのは確かです。お金をかけてもらって、そうやってインターナショナルスクールとか海外の学校とか行ったとしても、堀内さんが今おっしゃったように中途半端になって、世界どころか日本でも使えないヤツ、となってしまうリスクはかなりある。

 親にお金があるからそれなりの生活はできるかもしれないけど、それで幸せな人生なの? という話になってきますよね。

 だからおじいちゃんおばあちゃんが教育資金を出してあげてインターナショナルスクールに行かせたとしても、あるいは親が「普通の生活をさせたい」と日本の学校に行かせたとしても、結局は自分で切り開くしかないんですよね。だけど、外の世界を見せてあげるのは大事かな、と。

 僕は娘が小学生のときに、タイでアユタヤからバンコクまでのクルーズ船、それも白人ばかりのツアーに連れて行ったんですよ。そのチャオプラヤ川では娘と同じぐらいの歳の子たちが、川の水で髪の毛を洗っている。それを子連れの白人の観光客がワインを飲みながら見ている。アジア人は僕たち親子だけ。

 そういう光景を見てどう感じるか、そしてそういった体験を自分の人生にどう生かすかは彼女が決めることなので。親はただ機会とヒントを与えるだけで、その先はどうにもできない。

堀内 ただ、環境を変えないことには人間は変わらない、というのもまた確かで。「人間が変わる方法は3つしかない。1つは時間配分を変える、2番目は住む場所を変える、3番目は付き合う人を変える。この3つの方法でしか人間は変わらない」というのは、コンサルタントの大前研一氏の有名な言葉です。一番無駄なのは「決意を新たにすること」だとも言っています。新年の誓いみたいなものは最も意味がない、と。

 これは要するに、環境を変えろということ。環境が変わると人間は変わるので、子どものうちに親が環境をセットアップしてあげないといけない。そこからどうするかは本人次第ですが、その前に子どもが自分で環境を変えるのは、よほどの子どもでない限り無理ですから。

徳成 以前に対談させてもらった、起業家・投資家として活躍されている朝倉祐介さんは、中学生のときに、騎手になりたいから高校には行かず競馬学校に行く、と決断した。そういう子どもはなかなかいないですからね。

堀内 1000人に1人ぐらい……。

徳成 だからそのあたりは親が環境を作ってあげないと。もちろん普通に日本の学校に行くのでもいいんですよ。でもその中で、海外の人と触れられる場に何らか行かせてみるとか、サマースクールに通わせるとか、機会を与えてあげればいい。極端な話、アニマルスピリッツを育てるには、子育て論から議論する必要があると思います。

世界で活躍できる子どもに育てるために親ができること徳成旨亮(とくなり・むねあき)
株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。
慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。
【訂正】記事初出時より以下のように補足・修正しました。2ページ目の「前回の記事で話題になったUWC ISAK JAPAN(2014年に開校した長野県軽井沢にある全寮制の私立インターナショナルスクール)の入学案内を調べたことがあるのですが、お金も高いし、倍率もすごい」という記述に、奨学金に関する話が欠如していたため、新たに注釈を挿入しました。読者の皆様にお詫びいたします。(2024年1月19日12:25 書籍オンライン編集部)

(第4回に続く)