人口減の日本で、元ミクシィ社長でシニフィアン共同代表の朝倉祐介さんが、大学時代の恩師である、東京大学大学院経済学研究科・経済学部の柳川範之教授に、最近話題になった経済産業省「未来人材ビジョン」について聞いていくインタビューシリーズの最後となる第4回です。これからの不確実性の高い時代を生き抜くために必要な教育のありかたと、それを阻む存在について議論が進みます。(構成:大酒丈典)

子どもがこれからの時代を生き抜くために教育においてできる3つのことPhoto: Adobe Stock

起業家育成にはOSのアップデートが必要

朝倉祐介さん(以下、朝倉) ここからは教育の話についてお聞きします。未来人材ビジョンのレポートでは社会人教育や高等教育に触れられています。私は初等教育、特に文化・規範・価値観のところに改善の余地があるのではと考えています。最近訪れたある高校では、アントレプレナーシップの教育をやろうという話が出ていました。それは良いことですが、課目を設置したところで起業したいという人材が増えるか、私は疑問に思います。もっと根源的な、OSの部分がベースにあると考えています。

柳川範之さん(以下、柳川) OSというのは?

朝倉 大人が子どもに教育においてできることは、三つに収れんされると思うんです。一つ目は、人と違うことを肯定する。二つ目は、失敗を奨励する。三つ目は、自分の頭で考えさせる。

ところが、私自身が受けた中学校の教育を考えると、それらとは真逆でした。人とは同じようにしなさいと。正しい答えというものがあらかじめ存在していて、その答えに対して効率的に素早くたどり着くことを極めなさいと。計算問題とか基礎的なものは仕方ありませんが、一事が万事、答えがあることを想定している教育内容でした。そして三つ目の自分の頭で考えるという点では、「つべこべ考えるな、言われたことをやりなさい」と指導されました。そのことに、私は強い反発心がありました。

柳川 中学生時代に朝倉さんはでき上がっていたわけだ(笑)。

朝倉 従来の教育は、工業化社会においては最適化した、よくできたシステムだと思います。ただ、これからアントレプレナーシップを持った未来の人材を育てていくには逆効果です。この初等教育で取り扱われるようなOSの部分が古いままで、その上にアプリケーションを持ってきても意味がない。

かつてのWindows95にZoomを載せるようなもので、それはワークしませんよね。未来人財ビジョンは経済産業省所管なので、守備範囲外のできないこともあるとは思います。ただ、そこを何とかしないと付け焼刃になってしまうのではと懸念しています。

子どもがこれからの時代を生き抜くために教育においてできる3つのこと
拡大画像表示 「日本の18歳の「社会への当事者意識」は低い。これが実態なら、学校教育が「目指してきた理王」と「今野現実」の差をどのように埋めるのか。」<『未来人材ビジョン』(令和4年5月)レポート(75ページ)より>

教育変革における「入試」の壁

柳川 おっしゃる通りだと思います。子どものころからの教育をしっかり変えないと、社会人になってから「やりたいことを考えろ」と言われてもできないと思います。正解がないことを考えさせたり、好奇心をしっかり育てたりする教育が必要です。

子どもがこれからの時代を生き抜くために教育においてできる3つのこと柳川範之氏
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶応大学専任講師、東京大学助教授、同准教授を経て、2011年より現職。新しい資本主義実現会議有識者議員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長、東京大学金融教育研究センター・フィンテック研究フォーラム代表等。著書に『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP社、為末大氏との共著)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『法と企業行動の経済分析』日本経済新聞社等。

では、教育をどう変えればいいのか? それは難しい問題です。一つ目の壁は入試です。正解がなく人と違うことを考えさせることを、入試でどうやって採点するか。小学校・中学校では入試を突破できる人材育成という教育を続けています。評価の仕組み自体をどうするか。抜本的に再構築していかなければいけません。

朝倉 特に首都圏の小中学校入試の過熱ぶりは実感しています。

柳川 「社会が求めている人材像が変わっている」という事実が、教育界の現場レベルだけでなく、親御さんにまで十分に伝わっていません。我々は実業界の皆さんと一緒に「こういう人材が欲しい」と現場に伝えていかなくてはいけません。

そういう人材が必要だと経営者は思っていても、人事採用の担当者レベルでは、試験で良い点数を取った人を上から順に採用しているケースも多いです。人材の認識を上から下に順番に変えていく必要があります。

高等教育での大きな課題は、社会に出るまでのつなぎの部分がうまくいっていないことです。大学卒業ではなく「どこの大学に入れたか」がいまだに重要なポイントとされています。本来は「大学でどんな教育を受けたか」が重要なポイントであるべきです。

朝倉 たしかに、どのようなテーマについて、どの先生のもとで学んだか、という点は、日本だとあまり話題に上らないですよね。

柳川 そのほか、「就職までが勉強の機会で、会社に入った後は仕事する」と言う二分法にも問題があります。「40歳定年制」では20年という期間を設定していました。20年と言わず10年に一度、社会人になってもどこかで能力開発をする機会を得るべきです。高等教育もいろいろな経験をした社会人を受け入れなければいけません。もう一度、能力開発をしたいと考えたときに気軽にキャンパスに足を運べる、高等教育はそのような場所であるべきです。

日本の消費力をいかに高めるか

朝倉 「未来人材ビジョン」では人口減少についても取り扱っていらっしゃいます。私なりに人口減少の課題は二つに分けられると考えています。一つは生産年齢人口の減少、もう一つは消費力の減少です。AIは労働生産性を上げられるかもしれないけど、AIが何か物を買うことはないじゃないですか。リスキリングを含めて生産年齢人口の手当てをすると同時に、消費力という内需をどう増やすのかを考えなくてはいけない。

子どもがこれからの時代を生き抜くために教育においてできる3つのこと朝倉祐介氏
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務の後、東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業。同社ではグロースキャピタル「THE FUND」の運営など、IPO後の継続成長を目指すスタートアップに対するリスクマネー・経営知見の提供に従事。主な著書に『論語と算盤と私 これからの経営と悔いを残さないこれからの生き方について』『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(以上、ダイヤモンド社)、『ゼロからわかるファイナンス思考 働く人と会社の成長戦略』(講談社)。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

柳川 たしかに、生産力だけでなく、消費力も必要ですね。

朝倉 私のアイデアとして「消費者を輸入する」があります。インバウンド(訪日外国人)は出たり入ったりする「一見さん」です。そうではなく、消費者を海外から呼び寄せて日本に定着させる。アジアや欧米の資産を持つ人にリタイアメントビザを発行して、長く日本にいられるように条件を緩和する。そして年間2000万円、3000万円を落としてもらう。日本の労働者はそうした人たちを相手に商売する。このような取り組みができないかと考えています。

柳川 そうですね、国によってはリタイアメント・ビザに類するものを資産を持っている人に出しています。

朝倉 4~5年前に中国・上海で高齢の富裕層の方と、カタコトの英語で話をしました。日本が好きで、京都に土地を持っているのでたまに行くと。しかし「自分はビザが下りないから短い期間しか日本に滞在できない」とおっしゃっていました。その方が言うには、日本は海外から技能実習制度を通して若い労働者を海外から受け入れているが、経済的・文化的に安定した生活基盤を構築するのが難しい。経済力が乏しく、文化的にも馴染みにくく、一方で体力のある若者が増えると、どうしても構造的に社会は不安定化せざるを得ない。それに対して富裕層の高齢者は、既に十分に資産を保有しており、体力もない。社会を不安定化するような行動を起こすインセンティブがない。労働力としてではなく消費力として招き入れることで、日本の経済活性化にも資するはずだ。なぜそういう高齢者が日本に定着することを、日本政府はサポートしないのか、と。私も、それはそうだなと思いました。

柳川 私も、それは日本も考えてもいい政策だと思います。日本に海外の資産家が移り住んでくれれば消費を喚起してくれるでしょう。

消費力を増やす目的として、日本の総需要を増やすことがあります。ただ、日本にいる人が消費を増やすことと、海外にいる人が日本の製品を買うことの何が違うか?というのは考えるべきポイントです。

やはり住んでいる方がなんだかんだ日本の物を買うので、海外にいて輸入で日本製品を買うより需要が大きくなるという予測が立ちます。しかし、本当にそれが正しいかどうかは分かりません。わざわざリタイアメント・ビザで呼び寄せてまで消費をしてもらうべきなのか、それとも輸入してもらうべきなのか、というのはよく考えないといけません。

朝倉 たしかに、輸入してもらうことと、どちらがいいのか、考えるべきですね。

柳川 日本の市場規模を拡大させることは、日本の世界的なプレゼンスを高めることに繋がります。以前は世界第2位の経済大国と言われ、日本市場が十分に大きかったので、そこで売れたものが世界のデファクトスタンダードになりました。しかし今では、日本市場で勝てても世界市場では勝てなくなりました。世界的なプレゼンスを向上させるため、外国人を含めた日本の消費力全体を高めることが必要です。日本市場は人口が減っているから必然的に小さくなると考えがちですが、必ずしもそうではありません。日本人と同じ趣向を持ち、日本製品を買う人たちを世界で増やせれば、日本市場の拡大版を作れるかもしれません。

朝倉 GDP(国内総生産)とGNP(国民総生産)の違いと似たような話かもしれませんね。

柳川 そうですね。リモートワークなども含めて考えると、日本の仕事をしているからといって日本に住まないといけないわけではありません。日本と他の国の境目が色んな意味で無くなってきています。「日本の政策」など「日本の」と限定することに、どこまで意味があるのか分からない世界になってきています。

朝倉 日本が生かせる特異な資産と言えば、景観美や昔からの文化的な建築物、治安の良さなどではないでしょうか。そうした日本の資産を生かすことを考えると、日本製品を海外に輸出するよりも、外国人の方を日本に招き入れて地産地消型でサービスを提供する方がより可能性があるのではないでしょうか。ローカルでないと消費できないものもありますし、商機もあるんじゃないかと思います。

柳川 おっしゃる通り。ローカルでないと消費できないものは確かにあって、まずはそれをどう生かしていくかがスタートかもしれません。

※この第4回以前のお二人の議論はこちらから:
第1回「日本で課長に昇進する平均年齢は38.6歳、中国では28.5歳、タイは30.0歳。何が違うのか?」
第2回「柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた【40歳定年制】の真の狙いとは?」

第3回「日本の大企業で働く人は頑張っている。それでも生産性が上がらないのはなぜか。」

※本インタビューは、Voicy「論語と算盤と私とボイシー」にて、2022年9月26日~30日に公開された内容を再構成したものです。