「数値可視化で見失う
事業の本質」という「罠」

 営業DXによって、営業やマーケティングのさまざまな活動がデータとして可視化されるようになります。営業部員の活動数、受注数、受注率、提案数、見積り提出数、ホームページの月間問い合わせ数などの活動や成果が具体的な数字として可視化されます。

 しかし、これが中小企業にとっての「罠」になることがあります。これらの数字はKPI(業績評価指数)として管理され、目標達成のために監視をするようになります。このような管理や監視が始まると、受注数を増やすために提案数を増加させ、それに伴って営業活動量も増加する傾向が生じます。

 営業DXの導入で、営業部員は顧客訪問ごとにSFAに名刺情報を入力し、商談の情報やステータスを更新しなければなりません。日々の作業量が増加するだけでなく、KPI管理された目標を達成するための営業活動が求められるようになります。

 営業DXの導入により可視化できたKPIを管理することで、市場や顧客の要望の変化への追従が疎かになってしまうことがあります。目標の達成のためにKPIをよくすることに注力しはじめてしまうのです。営業提案数を増やしたり、訪問数を増やしたりすることなどにより、KPIは改善しはじめます。しかしこれでは、お客さま不在の活動であると言わざるを得ません。

 事業とは市場における活動であり、無限にあるお客さまの要望を限られた経営資源で満たすことが本質です。絶えず変化するお客さまのニーズや競合の動向を無視した営業活動の増加は、売上増加につながりません。営業DXによる営業活動の数値の可視化は、お客さまを無視した社内営業管理を助長する恐れがあります。

 有名ITツールの導入と高額なコンサルタント費用、それに加えて、社内営業管理の流れは、営業DXの本来の目的から大きく逸脱しています。

 営業DXの目的は、お客さまの要望の変化や競合の動向を把握し、それに応える営業活動の可視化にあります。営業活動は社内からは見えにくいものですが、営業DXによってこれらを可視化し、市場の変化に注目しながら、事業の方向性を調整することが求められます。

 営業DXには、数値やデータが可視化されるという「罠」があります。事業の本質はお客さまの要望を満たすことにあり、これを忘れて社内営業管理に没頭してしまうと、営業DXの導入が社内で混乱を招くことになります。

身の丈に合った
営業DXの実践へ

 前述したように、営業DXの導入における問題は多くの場合、コンサルタントではなく企業側にあります。専門的な助言者としてコンサルタントを活用することが重要です。企業側は営業DXを導入する過程で、自ら考え、調査を行い、実際に導入のための行動を起こす必要があります。

 お客さまを考慮しない営業DXの導入は、しばしば問題を引き起こすことがあります。企業のトップは、営業DXにコミットすると同時に、お客さまを意識した営業DXの進行を心がける必要があります。

 営業DX導入は目的ではなく、お客さまの要望を満たしつつ売上を伸ばすための手段です。営業DXは手段として適切に活用されるべきで、企業の実情に合った形での実施が求められます。