「カネ返せ!」ブーイングの裏事情

 補足しておきたいのは、実はこの「不満」「ブーイング」、そして香港政府の対応にもなかなか興味深い裏事情があることだ。

 まず、現地メディアの多くがブーイングしたり、不満を書き連ねた紙を手にチーム関係者を待ち構えている様子を流す際、香港人ではなく、「(中国の)新疆から12時間かけてきたのに」という中国人ファンや、見るからに明らかに西洋人のファンたちの映像や写真を使っていることだ。

 それは、香港では今や「政府」に対して盾突くだけではなく、不満や不平を漏らそうものなら、すぐに保安局長が出てきたり、警察が動き出す。わたしが見る限りでも、不満に思っている香港市民も少なくないものの、多くがやんわりとネット上で声を上げるか、友人間での意見交換に留めている。

 だいたい、「カネ返せ!」という叫びも、消費者としては分からないでもないが、今や香港で政府が関わるイベントに堂々とそれを口にできる人はいないはずだ。実は、「カネ返せ!」は昨今の中国でよく叫ばれており、昨年も台湾の人気ロックバンドが中国国内の公演で「口パクだった」とぬれぎぬを着せられて、「カネ返せ!」騒ぎが起きている。中国人にとって、権利を主張するのは難しいが、「カネ」という実質的な価値観でその不満を表明するのは許されると認識されているのだ。

 つまり、スタジアムで巻き起こった「カネ返せ!」は、わざわざ中国からメッシを見にやってきた中国人ファンが先頭に立って叫びだしたと思っていいはずだ。今や、香港人は「扇動罪」という恐ろしい罪名があちこちで適用されることを知っているのだから。

 だからこそ、香港政府は慌てた。中国からの観光客は、今や香港の大事な観光収入源となっている。また、ここで煽られて香港で騒動が起きれば、それが香港政府が賛助したイベントがきっかけとなっているだけに、中国政府に対してバツが悪い。だから、「観客、特にわざわざ遠くからやってきた旅行客」の失望に対するリスペクトを求めたのである。