ちなみに、養殖魚にはアニサキスはほぼいないと考えられます。特に濾過した海水を使う閉鎖式陸上養殖で、卵から人の手で育てた完全養殖の魚を、冷凍餌・乾燥餌で育てれば、生きたアニサキスが混入する可能性はほとんどありません。北海道では天然のサケを冷凍のルイベや加熱のちゃんちゃん焼きで食べますが、寿司のサーモンはほぼ養殖物なので生食が可能です。

日本で進む殺虫法や医療活用の研究

 近年は、アニサキスに関する新しい殺虫法や医療活用も日本で研究が進んでいます。

 福岡市の水産加工メーカー「ジャパンシーフーズ」は、熊本大学の浪平隆男准教授とともに、電気を用いた「アニサキス殺虫装置」を開発して成果を出しています。魚の切り身に瞬間的に流す電気は、100メガワット。これを3分間に450回繰り返すと、アニサキスを完全に殺虫できるといいます。魚の鮮度や品質を落とさずに対応できる方法として、大規模な処理の実現が期待されています。

書影『ビジネス教養としての最新科学トピックス』『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(集英社インターナショナル)
茜灯里 著

 高知大学理工学部の松岡達臣教授らの研究グループは、胃腸薬の正露丸を通常服用量溶かした液にアニサキスを30分間浸すと、ほぼすべてのアニサキスが運動を停止し、24時間後には死んだことを確認しました。まだシャーレの中での実験(in vitro)の段階ですが、アニサキス症の治療薬開発への大きな一歩となるかもしれません。

 大阪大学の境慎司教授らの研究グループは、アニサキスを薄いゲル状の膜で覆う方法を開発しました。がん細胞にダメージを与えられる「過酸化水素を作る酵素」を混ぜた膜でアニサキスを覆って、1平方センチメートルあたり1000個のがん細胞を含む培養液に入れたところ、24時間後には大部分のがん細胞が死滅したといいます。アニサキスにはがんの臭いに引き寄せられる性質があるという説があるため、同グループはアニサキスの医療活用に期待を寄せています。

 消費者にとっては厄介者でしかないアニサキスですが、企業や研究者たちは疾病の克服や寄生虫の活用のために日夜力を注いでいます。私たちも現在、知られている限りの正しい対応をして、自己防衛をしながら生魚をおいしく食べたいですね。

【ポイント】
・日本人の食中毒の原因は、生魚の寄生虫「アニサキス」によるものが最も多い
・アニサキスは酢や塩漬けでは死なず、十分な加熱や冷凍が必要である
・世界のアニサキス症のうち9割は日本で起きているため、研究も盛んである