ものには境界線がありますね。たとえば、生と死の間の境界線もそうです。僕は何でも境界線が好きなんです。だから、境界線とは白黒をはっきりさせた境目ですが、白と黒の間には灰色がありますね。その灰色の部分が好きなわけです。
今、絵を描いていても、これが絵なのか、デザインなのか、別のものなのかはわからない。その境界線のグレーのゾーンがすごく好きなんです。
そうすると、生と死の間もまた、灰色になります。灰色は白と黒を両方共有していて、その灰色をポッと超えると、まったく違うところへ行くわけです。どちらにも属して、どちらにも属さない。その曖昧さがいいんですね。すなわち、中途半端な状態が一番好きなんです。「年相応」という考え方には、この灰色の曖昧さが感じられません。
曖昧さが好きなのは、楽だからです。どちらかに決めつけてしまうと、生きづらくなるじゃないですか。どっちでもいいというのが一番楽です。結局、僕はずっと自分の楽な道を選んできたような気がするんです。楽じゃないことは、どこかで無理をしているということで、それがたとえ大きな利益をもたらすことがわかっていても、後々全部負担になってきますから。とにかく、自分にとって楽であるということが大事です。
日々絵を描いているアトリエにも、内があって、外があって、内と外との境界線に当たるベランダがあります。このベランダは外なのか、それとも内なのか、どちらに属しているのかと言われた場合、どちらか一方に属しているとは言えないわけです。建物にも属しているけれど、外にも属している。
そういう場所が一番好きなんです。だから、僕はよくそこへ出て、外を眺めながらぼやーっとしているんですけれどもね。そういう中間、中途半端が心地好い。
若いころ、デザイナーの先輩に「白黒はっきりしろ!」と怒られたんですが、それと反対ですね。はっきりした線をつけて自分のことを区切るような生き方は苦しくてできません。すべてに関して、計算した生き方に対して、僕は曖昧ですね。曖昧な状態で、気分でものを決めていくのが一番生きやすいんです。