初対面のメンバーばかりでしたが、僕は、みんなに「やりたいこととかないの?」と聞いてみたところ、全員が口々に「こんなことをやってみたい」「あんなことをやってみたい」「これをやりたくて楽天野球団に入社した」などと、さまざまなファン・サービスやイベント企画について楽しそうに話してくれました。

 このとき、僕は光明を見出したような気がしました。こういうくだけた場所でざっくばらんに話すと、みんながイキイキと「夢」を語ってくれるのが僕にはとても嬉しかったし、この球団の可能性を信じられるような気がしたからです。

 そして、僕が、「やりたいことがあるんだったら、やればいいじゃん。どうしてやらないの?」と尋ねると、みんなが驚いたような表情を浮かべて、「だって、コストがかかるから……」と言い淀みました。

 その瞬間、「あれ?」と思いました。
 もしかして、コストカットのせいで、社員たちが萎縮しているのではないか、と。

 そこで、このとき以降、さまざまな社員と対話をするときに探りを入れたところ、コストカットを意識しすぎている人が多いように感じられました。多くの若手社員は「やりたいこと」をするのではなく、コストカットを優先させることが自分に求められている仕事であり、新しいことはできないと思い込んでいたのです。もっと言えば、コストカットを”言い訳”に、社員たちが、新しいことにチャレンジせずに済ませているような側面もあるようにも感じました。

 にもかかわらず、新社長である僕が、コストカットを断行すれば、社員のやる気の「火」が消えてしまうかもしれない。リスクがあったとしても、新しいことにトライするからこそ、人材も組織も活性化するのだ。そう考えた僕は、球団を次のステップに進ませるために、「コストカットではなく、売上のトップラインを上げることで黒字化をめざす」と腹をくくったのです。

「一点張り」の経営は脆い

 ただし、これだけでは「旗」にはなりません。
 どうやって「売上のトップライン」を上げるのか? その「手段」を明確にしなければなりません。ところが、スポーツ・ビジネスにおける「売上アップの手段」には、さまざまなものがありますから、ここで再び悩むことになるわけです。

 まず、スポーツ・ビジネスですから、「勝つ」ことが最重要であるのは当然のことです。常に「優勝争い」に加わるようなチームにすることができれば、観戦チケットが売れ、テレビの視聴率も上がり、広告スポンサーも増えるなど、球団経営に大きなインパクトをもたらします。だから、売上を上げるために、「チームの強化」という「手段」が重要なのは言うまでもないことです。

 ただし、「チームの強化」一点張りの経営が脆いのも事実。実際、何十年も勝ち続けるチームというのは存在しません。勝ったり負けたりを繰り返すのがプロ野球ですから、「チームが弱い」ときにも、売上を上げる「手段」をもっておくことが不可欠。

 つまり、ユニフォーム組(野球チームをマネジメントする社員)の努力に依存するのではなく、スーツ組(営業、広報、総務、会計などビジネス周りを担当する社員)が「稼ぐ力」を磨き上げる必要があるわけです。

 では、どうやって「稼ぐ」のか?
 ひとつの答えは、「放映権料」です。スポーツ・ビジネスの本場・アメリカにおいては、放映権料収入が球団などの収益の柱になっています。そして、その金額は日本よりも桁違いに大きい。見方を変えれば、日本のスポーツ・ビジネスにおいて、放映権料の「伸び代」は非常に大きいものがあると言えるわけです。

 しかし、これは楽天野球団が単独でどうにかできる問題ではありません。なぜなら、アメリカの大リーグでは、リーグが全国放送の放映権などを一括管理することで、メディアに対する交渉力を強化。さらに、それによって得られる収益を全球団に均等配分する仕組みになっているからです。

 ところが日本では、それぞれのチームごとに放映権の交渉をするスタイルですから、アメリカのようにはいきません。ましてや、当時の楽天野球団が単独で高額の放映権料を獲得することなど現実的ではなかったのです。

「本質」を掴めば、「答え」は見える

 では、どうすればいいのか?
 僕は、あの頃、自分のプロ野球の「原体験」を何度も思い出しました。

 東京で生まれ育った僕が子どもの頃に、両親によく連れていかれたのは神宮球場。何歳のときだったかは覚えていませんが、親に手を引かれて、球場の薄暗い通路を歩き、短い階段をのぼり切った瞬間のことを何度も思い浮かべたのです。

 ものすごく眩しい光が降り注ぎ、僕は思わず手の平で目を覆いました。それと同時に、ウワーッという地鳴りのような歓声に包まれ、「おおおお! なんだこれは!」と言葉にならない感情が込み上げてきました。

 あの「強烈にワクワクする感覚」は、いまだに生々しく覚えています。そして、あの瞬間に、「野球ってすごい!」「野球って面白い!」という感動が、僕の心の奥深くに刻み込まれたのです。

 このワンシーンを何度も反芻するうちに、僕は、この「感動」や「ワクワク感」こそが、プロスポーツ・ビジネスの本質だと確信するようになりました(もっと言えば、あらゆるビジネスの本質かもしれません)。

 なぜなら、僕は子どもの頃から今に至るまで、プロ野球ファンとして生きてきましたが、その原点には、あの瞬間の「感動」「ワクワク感」がありました。それに、子どもが目を輝かせているのを見たら、親はものすごく嬉しくて、「また球場に連れて行こう」と必ず思うでしょう。

 このように、「感動」「ワクワク感」など、なんらかのポジティブな「感情」を味わうために、僕たちはお金を払ってプロ野球を楽しもうとするのです。これは、僕自身の実感に基づいた「確信」でした。そして、楽天野球団に勤める社員・スタッフはひとり残らず、同じような「原体験」を持っているはずですから、僕の「確信」に共感してもらえるに違いないと考えました。

すべてが「好転」するキーポイントを探す

 そこで、僕は、「観客動員数を増やすことによって、黒字化を達成する」という「旗」を掲げることにしました。
 そのためには、お客さまに「感動」を提供しなければなりません。お客さまは「観戦チケット」を購入されているのではなく、球場で「感動」を味わうためにお金を支払ってくださっているからです。

 もちろん、選手たちのプレーに「感動」を求める方が多いのは事実ですが、それだけではなく、球場でのイベントやファン・サービスに「感動」を求められる方もたくさんいらっしゃいます。
 だから、ユニフォーム組もスーツ組も関係なく、全員が力を合わせて「感動」を提供することによって、「楽天野球団のファン」を増やして、常に球場が満席になることをめざすと決めたのです。

 これを実現するためには、地道な積み重ねを続けるほかありませんから、決して効率的な「手段」ではありません。しかし、それが最も手堅い「正攻法」であることは間違いないと思えました。なぜなら、日本のプロ野球球団の収入源は、「チケット代」「グッズ売上」「球場での飲食代」「広告スポンサー」「放映権」「ライツ」などですが、このうち「チケット代」「グッズ売上」「球場での飲食代」の3つで全体の50%強を占めるからです。つまり、「観客動員数」が増えれば、この3つはほぼ自動的に増えるわけですから、売上に大きなインパクトを与えるのは明らかなのです。

 さらに、「広告スポンサー」「放映権」などの収益源も、いつも球場が満席になるような「人気球団」になれば自然と増えていきます。いきなり、スポンサー営業や放映権料の交渉に注力するよりも、まずは「観客動員数」を増やすことが重要なのです。

 しかも、僕も大学時代、慶應大学ラグビー部の選手として、早慶戦で数万人の観客で満員になった秩父宮ラグビー場でプレーしたことがありますが、アドレナリンが出まくって、身震いするほどの精神状態になります。そして、もてるポテンシャルのすべてが発揮されるような状態に自然となるのです。

 つまり、「観客動員数」を増やすことで選手を鼓舞できれば、おそらくチームは強くなるということ。そしてチームが強くなれば、応援してくれるファンが増えて「観客動員数」も増えるはず。こうして、「観客動員数を増やす」ということが、球団経営が好転させるキーポイントだと考えたわけです。

「実感」がこもるからこそ、「腹」が座る

 実は、この結論に至るまでに、そんなに時間はかかりませんでした。
 一時は深く悩み、迷いましたが、最後はスパッと腹が決まったのです。
 どちらかと言うと思い切りのいい性格というのもあるかもしれませんが、おそらく、それ以上に重要なのは、「ロジック」だけで考えずに、自分の「実感」に基づいて思考を深めたことではないかと思います。