DXをいかにMXへと昇華させるか

 X経営モデルの解説を受けて、パネリストを交えたディスカッションが始まった。

名和 3社とも、何らかの形で「3つのX」を実践しているのではないでしょうか。

稲継 私たちは、製品提供から価値提供へとビジネスモデルの変革を進めてきました。たとえば、鉱山会社にタイヤを提供していますが、鉱山車両のオペレーションはお客様ごと、鉱山現場ごとに異なります。そのため、もっと長期間使い続けたい、もっと速く走りたい、もっと多く積みたいという具合に、お客様によって求める価値は異なります。タイヤに搭載したセンサーでデータを取得し、たとえば「このタイヤは、積載量をあと〇%増やせます」といった提案ができれば、そこに価値が生まれます。

名和 顧客というパートナーとともにクロスカップリングに取り組んだ事例といえそうですね。花王ではいかがですか。

村上 先ほどご説明したMy Kaoは、まさに「たくみ」の型化といえると思います。さらに、スケーリングの視点では、2つの大きな変革を進めています。一つは、マトリックス運営からグローバルスクラム型への移行です。グローバルスクラム型のワンチームで、事業展開のスピードと質を劇的に上げていくことを目指しています。そしてもう一つは、脱自前主義です。技術資産の最大化を加速するために、パートナーとの共創を積極的に進めています。

名和 デジタルを使えば、タテ・ヨコだけでなく、いくつもの軸で連携が可能ですね。キーエンスのXのポイントは、どのようなものですか。

柘植 名和先生が示されたX経営モデル(前ページの図を参照)では、三角形の図に「赤い矢印が2本」ありますが、これは当社がとても大事にしていることです。日々工場を訪問する営業担当者は、数値だけでなく肌感覚でつかんだアナログ情報を組織全体で共有し、次の商品開発などに活かしています。たとえば、以前、あるセンサーを発売したところ、一個ではなく複数個セットでの購入が非常に多く見られました。なぜ複数個セットなのか、営業担当者が購入してくれた工場の方に聞いたところ、「一つの部品に対して、一カ所ではなく、複数箇所の検査が必要だから」とのこと。そこで、一個で複数箇所を測れる新しいセンサーの商品企画に昇華していきました。このようなニーズをデジタルだけで吸い上げるのは難しいでしょう。現場で感じ、現場の声を聞く仕組みづくりが大事です。

名和 デジタルだけでなく、アナログなプロセスも重要ですね。次に、3つのXの最上層である経営変革力(MX:マネジメントトランスフォーメーション)についてです。下の2層をDXでつなぐだけでなく、いかにMXへと昇華させるかが問われます。先ほどピボット、スケールという言葉を使いましたが、こうしたMXを実現するためには、「ありたい姿」を明確にする必要があると思います。ありたい姿はパーパスや志といってもいいでしょう。

村上 「豊かな共生世界の実現」というパーパス実現のためのMXと整理すると、先ほど、触れさせていただいた「脱自前主義」については、まさにMXの重要な打ち手の一つといえると思います。これまで花王が強みとしてきたバーティカルインテグレーションから脱却し、積極的に仲間と共創することで、リソースを最適化しイノベーションを促進する。これを目指しています。

稲継 MXを実現するには、まず経営レベルでの戦略の明確化とミドルへの落とし込みが重要です。ただ、メッセージだけでは、ミドルの納得感は得られません。具体的に何をすべきか、日々のオペレーションに即した形で示す必要があります。そして、最後は現場の個々人です。一人ひとりの行動につなげるためには、組織文化のレベルでの地道な浸透活動が重要になると思います。

柘植 志という言葉がありましたが、非常に共感します。ソフトウェアの外販事業を立ち上げた時が、まさにそうでした。分厚い事業計画のようなものよりも、価値のあるものができたという自信と、「これを広めたい、広めるべきだ」という熱意でスタートした部分もありますが、いま思えば、この熱意こそが新規事業創出の突破口となったことは間違いありません。

名和 京セラの創業者として知られる稲盛和夫さんが、よく「人生の方程式」を語っていました。「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」というものです。ここでの「考え方」は、大義や志に相当するものでしょう。稲盛さんは、能力は後からついてくると言っていました。志と熱意があれば、人は学ぶからです。デジタルを使えば、その学びは何倍にもなります。ただし、志と熱意だけでは空回りしてしまうので、デジタルを活用したしくみ化にも取り組む必要があると思います。本日はどうもありがとうございました。

 

◉構成・まとめ|津田浩司、新井幸彦 撮影|佐藤元一