「理念経営って、かっこいい言葉を額縁に入れて飾ることじゃない」

青木 なるほど。働く人の立場で考えれば、それは「1つの理由の表裏」なのかもしれませんね。人の多様性が低くて、経済的な価値だけ提供していれば仲間集めができた時代から、人々の価値観がバラバラな時代になった。それぞれの違いを乗り越えるためには、もっと課題を抽象化して、「みんなが合意できるもの」を企業として持たなければならない。それがいわゆる理念だということですね。

佐宗 そうですね。一方で、僕自身は一人の経営者として感じていた「無理ゲー」感を払拭したくて、この本を書いたものだとも言えます。僕が経営するBIOTOPEは既存組織に対するアンチテーゼから生まれているので、最初は理念も何もなくて、徹底的に個人の自律に任せる体制にしていたんです。

ですが、自律分散型の組織にしていると、「週3勤務にしたい」「あくまでも副業として関わりたい」「業務委託の形がいい」などなど、さまざまな希望が出てくる。そういう中で、会社という「群れ」の単位で動こうとすると、どうしても衝突や問題が起こってくるようになりました。それはそれで仕方ないことなんですが、問題なのはそのたびに経営者である僕が対応しなければならなかったことです。

働く人それぞれの多様な事情に向き合いながら、会社としてはもちろん利益も生み出していかないといけない。正直なところ「これは無理ゲーだな」と感じました。でも、多くの経営者が同じような状況に置かれているはずなんです。そのときに「理念だけですべて解決」とはいかないだろうけれど、「理念があればきっと助けになるな」と思ったんです。

青木 経営者だって人間ですからね。

佐宗 一方、ダボス会議やビジネスラウンドデーブルでステークホルダー資本主義という発想が取り沙汰されるようになった結果、パーパスをつくる企業が増えたタイミングでもありました。でも、当時の「パーパスブーム」に僕は違和感があったんです。「理念経営って、かっこいい言葉を額縁に入れて飾ることじゃないよな」と思っていて。そういうことも伝えたくて、この『理念経営2.0』を書いたんですよね。

クラシコム代表と考える、いま理念経営が必要なワケ
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。