信号もコンビニもない島に着目

 といっても、日本酒もワインも何でもござれな久保田夫妻だけに、もともとビールに特別なこだわりはなかったという。

「きっかけは、なんとなく興味本位で県内の醸造所を見学に行ったことでした。醸造の過程を見たことで、急速にビールへの関心が高まったんです。この先、本当にコミュニティスペースをやるのだとしても、それ単体では経営は厳しいでしょうから、流行りのクラフトビールをくっつけたら面白いかもしれないという計算もありました」(宏平さん)

 そこで、実際に醸造所を造る場所を模索し始めた久保田夫妻が目をつけたのが、信号もコンビニもない本島だった。本島は、面積が7平方キロメートルほどの小さな島だ。香川県丸亀市に属していて、交通手段は船しかない。

 妻の真凡さんが、本島のプロモーションの仕事を始めたのが縁の始まりで、たびたび現地に足を運ぶうちに、地域事業者から「ビールをやるなら、この島でやってみたら?」と声をかけられ、島内で物件を探し始めることになったという。

 ほどなく見つけた物件は、かつて食料や日用品を売っていた古い商店だった。港から近く、目の前に海を望む好立地。さらに、つくったビールを各地に発送する手間を考えると、島内に郵便局が存在していたのも大きかった。

 しかし、個人で醸造所を立ち上げるのは一大事業である。入念な資金計画が必要だ。物件は10年ほど空き家のまま放置されていた古民家で、改修にはかなりコストがかかる。銀行からは「なんでわざわざ離島で……」と何度も言われた。

「でも、私たちとしては離島だからこその背景や、夫婦で脱サラして事を起こす物語の部分を大切にしたかったんです」(真凡さん)