能力の低い人ほど自分を過大評価する

『自分がとくに間違いが多いとか、みんなと違って効率の悪いやり方を続けているといった自覚がないというわけですね』

「そうなんです。自分が仕事がちゃんとできていないってことに気づかないで、自分は仕事ができるって思ってるみたいなんです。言い訳っぽくなくて、本気でそう思ってるみたいなんです」

『なるほど、そういうことですか。どうも、そこにはメタ認知の欠如が関係しているようですね』

 そこで、今回のように実際は仕事ができていないのに自分はできていると思い込むようなメタ認知の欠如が、じつはとくに仕事のできない人物によく見られる現象であることを説明することにした(メタ認知とは、自分がどのように認知活動をしているかを振り返ること)。

 このような現象を端的に示したのが、心理学者ダニングとクルーガーによる実験である。それにより、能力の低い人ほど自分の能力を過大評価する傾向があり、能力の低い人は自分の能力の低さに気づく能力も低いということが示唆されたのである。

 彼らはいくつかの能力を測定するテストを実施し、同時に本人にそれぞれの能力について自己評価してもらった。そして、実際の成績をもとに、最上位グループ、中の上グループ、中の下グループ、底辺グループに分け、それぞれの実際の成績と自己評価のズレを調べている。その結果、非常に興味深いことが明らかになったのである。

 たとえば、ユーモアの感覚について見ると、底辺グループの実際の得点は平均と比べて著しく低いにもかかわらず、本人たちは平均より上の成績を取れていると自己評価していた。底辺グループの平均点は下から12%に位置づけられるほどの、非常に悪い成績だった。平均を著しく下回っており、ユーモアの感覚はきわめて乏しいと言わざるを得ない。ところが、底辺グループの自己評価の平均は下から58%となり、自分は平均より上だと思い込んでいたのである。つまり、自分の成績をかなり過大評価していた。

 それに対して、最上位グループにはそうした過大評価はみられず、むしろ実際よりやや低めに見積もる傾向がみられた。論理的推論の能力など、その他の能力に関しても、まったく同じような傾向がみられ、底辺グループは自分の能力を著しく過大評価していた。つまり、自分の成績は下から1割のところに位置づけられ、9割の人が自分より成績が良いにもかかわらず、自分の成績は平均より上だと信じていたのである。

 このような実験結果は、メタ認知の観点からは、成績の悪い人はメタ認知ができていないため、自分の能力の現状をモニターできず、問題点があることに気づけないため修正することができず、成績が低迷したままになってしまう、というように再解釈することができる。つまり、「能力が低いから、自分の実力のなさに気づく能力も低い」というよりも、「メタ認知ができていないから、自分の現状がわからず、改善のための行動を取ることができない」と再解釈してよいだろう。