「わかったつもり症候群」の実態

榎本博明『「指示通り」ができない人たち』(日経プレミアシリーズ)榎本博明『「指示通り」ができない人たち』(日経プレミアシリーズ)

 メタ認知研究でも、心理学者のハッカーたちが行った実験では、テスト成績をもとに5つのグループに分けて、本人のテスト成績の予想と実際のテスト成績とのズレを確かめている。その結果、テスト成績の最も悪かったグループだけが実際より高い得点を予想しており、他の4つのグループは、ほぼ実際の得点に近い成績を予想していた。もう少し詳しく見ていくと、成績が最も優秀なグループは平均して83%の成績を予想し、実際に平均して86%の成績を取っていたが、成績が最も悪いグループは平均して76%の成績を予想しながら、実際には平均して45%の成績しか取れていなかった。このように、とくに成績の悪い人たちが、自分の成績を著しく過大評価するという形のバイアスを示すことが確認されている。

 その後のテストでも同じ手続きを取ったところ、成績の最も悪いグループのみが大きなバイアスを示し続けた。

 このように、とくに成績の悪い人物が大きなバイアスを示すという傾向が一貫してみられるが、まさにこれこそが、私が「わかったつもり症候群」と名づけたものである。

「わかったつもり症候群」というのは、自分の理解度を正確にモニターすることができないため、自分の現状の問題点に気づくことができず、そうした気づきの欠如が危機感の欠如を招き、その結果、何の改善策も取られず、成績の低迷が続くというものである。

 成績低迷の大きな要因のひとつとして、このようにメタ認知の欠如により「わかったつもり」になっているということがあるといってよいだろう。こうしてみると、メタ認知の欠如こそが、仕事のできない人物ほど自分の危機的状況を自覚せず、お荷物社員から脱することができないことの理由であるとみなすことができる。

 先の事例でも、いくら注意しても仕事のやり方が改善されず、相変わらず間違ったやり方や効率の悪いやり方をする人物を見て、なぜ改善しようと思わないのかと不思議に思うわけだが、そのような人物の場合、メタ認知をする心の習慣がなく、自分の状況に気づかないのだ。だから注意されても、深刻に受け止めることがなく、軽く受け流してしまい、本気で改善する気にならないのである。

 周囲のだれが見ても力不足で、まさか立候補するとは思っていなかったのに、実績のある先輩たちを差し置いて、新たなプロジェクトの立ち上げメンバーに立候補する人物を見て、何を考えているのかわからないと訝る人もいるが、そのような人物もメタ認知ができていないため、自分が実力不足だということに気づけないのだ。