“武田國男本”に続く2匹目のドジョウならず、第一三共元社長の著書がいまひとつ「おもんない」理由Photo:Diamond
*本記事は医薬経済ONLINEからの転載です。

 米スタンフォード大学でキャリア学を教えた故ジョン・D・クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」によると、個人の職業経歴のおよそ8割は、予想しない偶発的な事象によって決定されるのだという。その偶然を計画的に設計することで、より良いキャリアを得ることができると説いている。さらに教授によると、偶発性は、好奇心や持続性、柔軟性や楽観性、冒険心といった行動特性を持つ人に起こりやすいのだそうだ。

 文字にしてしまえば、いわゆるアメリカンドリームをわざと難しく説明した至極当たり前の法則のように思えるが、8割という数字自体はなかなか趣深い。製薬業界で話題となっている第一三共の常勤顧問・中山讓治氏が著した『私の履歴書 新薬に出会うまで』を読むと、身に降りかかった予期せぬ境遇や契機を基本的に受け入れながら、前向きに対応するうちに同社のトップの座が転がり込む過程が淡々と描かれている。これこそ、計画的偶発性理論の正しさを傍証する一例なのかもしれない。

 同書では、今日の第一三共に「有卦」をもたらした生活習慣病領域から悪性腫瘍領域への“敵前大回頭”について、キーパーソンの登用や社内の組織体制の適正化など、人事権を持つ人にしかできない施策が諸々書き連ねられている。しかしながら、苦悩や葛藤などでもがき苦しむ様子などは、ほとんど描かれていない。製薬トップの回顧録と言えば、同じく日本経済新聞の連載をベースに1冊に編んだ武田薬品元社長・武田國男氏の『私の履歴書 落ちこぼれタケダを変える』が真っ先に想起されるが、それと比べて何という違いだろうか。

 周知のとおり『落ちこぼれ─』は、大口を開けて笑う背広姿の本人の大写し姿を表紙に使い、本文の中身もファクトやアクションの紹介より、自身の憤怒や怨嗟、嫉妬や鬱結といった感情の吐露のほうが往々にして先立つというビジネス書らしからぬ奇書となっている。どの頁を開いても國男氏の個性が前面に飛び出してくる。こうしたエンターテインメント性の高さから、製薬業界以外の人にも幅広く読まれ、結果として、武田という会社のリブランディングにも大きな役目を果たした(現在の武田は見る影もないが……)。