「それが、今の俺たちの実力なんだよ」
高森 本のなかですごく印象に残ったのは、立花さんが、当時、楽天野球団の営業部長だった森井誠之さん(現同球団社長)に「招待券を配っても、満員にできないじゃないか。それが、今の俺たちの実力なんだよ」とはっきり口にされたシーンです。
立花 あれは、僕が楽天野球団の社長になってちょっと経ったくらいのことですね。三木谷さんから「黒字化」という目標を与えられた僕は、コストカットで「黒字化」をめざすのではなく、観客動員数を増やすことで「黒字化」をめざすことにしました。
だけど、当時は、まだ空席が目立つ時代だった。だから、僕は、「今年のシーズン中にどうしても満員にしたい。どうすればいい?」と森井さんに尋ねたんですよ。というのは、球場が満員になったときに、何が起きるのか全く見えてなかったからです。
ファンが押し寄せてきても、安全面で問題はないか? どのくらいグッズが売れて、どのくらいビールが売れるか? こうしたことが、何一つわからないんじゃ、作戦の立てようがないですからね。
高森 なるほど。
立花 すると、彼は「無料招待券を配れば満員にできます。他球団はやってますよ」と言いました。それまで、楽天野球団としては「無料招待券」はNGだったから、「満員」にすることができなかったというわけです。
だから、僕はこう指示をしました。「だったら、やってみよ。無料招待券を使ってもいいから、満員にしてみせてくれ。広告を出してもいい。お金が多少かかってもいいから、とにかく満員にするんだ」と。
一部の営業マンからは「招待券を使うなんて、私たちのプライドが許さない」などと反発する声もあがりましたが、「プライド、プライドと言いながら、球場に空席があるじゃないか。プライドがあるんなら、満員にしてみせてくれ」と反論しました。
高森 みんなに喧嘩を売ったようなものですね?
立花 まぁ、そんな感じもあったかもしれないですね(笑)。
高森 森井さんは、無料招待券を使えるなら、「正直、楽勝だ」と思ったそうですね?
立花 彼はそう言ってるけど、本当のところはどうだったんですかね? 僕の目には必死に頑張っているように見えましたよ。だけど、結果は惨敗。「満員」には程遠い結果に終わってしまったんです。
高森 そこで、立花さんは森井さんに向かって、「招待券を配っても、満員にできないじゃないか。それが、今の俺たちの実力なんだよ」とはっきりと伝えた、と。厳しいといえば、厳しいですね。
立花 まぁ、そうですね。でも、いい加減な「慰め」を言ったって意味ないですからね。むしろ、それは残酷なことではないかなという気がします。それよりも、厳しい現実から目をそらさず、「自分たちは満員にできない」ことをしっかりと受け止めることが、すべての出発点になると思いますから、厳しいようだけどはっきりと言ったんです。
「自分たちの実力」を知るのがすべての出発点
高森 僭越ながら、僕は、それが素晴らしいと思ったんです。僕も元プロ野球選手として「一軍で通算ヒット一本」という現実を受け止めたことがセカンドキャリアの礎になりましたが、それと同じように、「無料招待券を配っても満席にできないのが、今の俺たちの実力だ」と受け止めることが、当時の楽天野球団にとっては欠かせないプロセスだったように思うからです。
言い訳っていくらでもできると思うんです。例えば、「たしかに満員にできなかった。でも、大谷翔平選手のようなスターがいたら、違ったはず」とか、「優勝争いをするようなチームだったら、もっとお客さまが入るはず」とか……。だけど、「でも」と言って、「幻想」に逃げ込んでいる限り状況はよくなりません。
実際、ご本のなかで、森井さんも当時を振り返って、「もう格好つけてる場合じゃなかった。あのとき現実を突きつけられて、満員にする策を必死になって考えるようになった。あれが、僕たちの本当のスタートだった」とおっしゃってますね。
立花 ええ。でも、それは彼だけがそう思ったのではなくて、僕もそう思ったんです。「ダメな自分」を認めるからこそ、「よっしゃ、見返してやるぞ」とガッツがわいてくるし、「自分たちの実力」を客観的に把握できれば、「何が足りないのか?」「何をすればいいのか?」と地に足をつけて考えられるようになります。
それさえできれば、あとは、観客動員数の増加というゴールをめざして、全力で試行錯誤を続ければいい。とにかく、「自分たちの実力」を知り、それを受け止めることがすべての出発点だということですね。
高森 はい。その後、楽天野球団は毎年右肩上がりに観客動員数が増えていったわけですから、非常に説得力のある話だと思います。そして、それは、個人であろうが、組織であろうが、変わりない真理なんだと思うんです。
立花 嬉しいことを言ってくれますね。本当に、そのとおりだと思います。