「この治療を受けて、実際に血圧をコントロールできるようになる人は限られているかもしれません。しかし、生活習慣病に関する基礎知識や正しい情報を日常生活で得るには、非常に有効なツールといえます。どのような結果であれ、アプリの介入は自身の健康と向き合うきっかけにはなっていますね」

 一方、デメリットは家族間で“意見の不一致”が生じるリスクが挙げられる。

「ある男性の患者さんの例では、本人が真面目に実践し、血圧にも変化が表れていました。しかし、日々の食事に関して奥さんに細かな希望を伝えたところ『それならあなたが自分で作って』と言われてしまったとか。塩分を減らした健康食は万人におすすめできる食事ですが、血圧に問題を抱えていない人に強制はできないので、家族間の話し合いが必要な場合もあります」

 また、治療費を聞いて難色を示す患者も少なくないという。スマート降圧療法は、6カ月間期間限定の3割自己負担で月2490円(2024年4月現在)。そのほかに初診料、再診料、医学管理料がかかる。(編集部注:6月から保険点数の改定があるので、自己負担金は多少変動します)

「一方、薬物療法の場合は薬の種類や量によって個人差はありますが、各診察料に加えて月の薬代は1000~4500円ほど。実際に血圧を下げる薬を飲むと、1カ月ほどで血圧が下がります。しかし、アプリは生活習慣の改善によって血圧を下げるので月2450円払っても、時間がかかるうえに必ず血圧が下がるわけではない。ただ、視点を変えるとアプリの治療を通して投薬のタイミングを遅らせたり、薬を減らしたりできる可能性が高まります。そうなれば、将来的な医療費が減るのですが、なかなかそのメリットが伝わりにくいのが実情です」

 いくつかの課題はあるものの、知識の習得を軸に据えた「スマート降圧療法」は第三の治療法として広く浸透してほしい、と野田氏は語る。

「アプリでの治療を提案すると、ほとんどの患者さんが『そんな治療法があるんですね』と驚かれるので、認知度は決して高くありません。治療の選択肢が増えるのは、患者さんにとって大きなメリットなので、より多くの医療機関で採用してほしいですね」

 生活習慣の改善は、高血圧症だけでなく、糖尿病や脂質異常症などさまざまな生活習慣病の予防につながる。「スマート降圧療法」が、次世代の治療法として多くの人に受け入れられる日も近い。

野田康永(のだ・やすなが):春陽会サクラクリニック理事長。筑波大学を卒業後、帝京大学医学部附属病院や国立病院医療センター、循環器外科、消化器外科などに勤務。筑波大学大学院医学研究科にて心臓生理学の研究。1998年に生まれ育った愛知県名古屋市にてサクラクリニックを開院。