――フリーターになることに抵抗はない?

サトシ:僕ですか?ないっていったら嘘になりますね。なんか、それがダメって思われる世の中じゃないっすか。それに対して何でだろうって疑問はあるんですけど、でも周りの目を気にしてしまうっていうのは本音で。なんか、すごいそういう意味で就職しないとっていう気持ちもあるし、もちろん就職したらしたで、そっちの道もやりがいあるし、したほうが寄り添える曲も書けるかなって。たとえば、サラリーマンをやってたからサラリーマンの気持ちがわかるとか。それにはやっぱり一般的な生活っていうのにも馴染んでおきたいってのはある。

書影『夢と生きる バンドマンの社会学』(岩波書店)『夢と生きる バンドマンの社会学』(岩波書店)
野村駿 著

 サトシが正規就職したのは、フリーターが「ダメって思われる世の中」で「周りの目を気にしてしまう」からであった。もちろん、就職した先での「やりがい」や就職したからこそ「寄り添える曲も書ける」といった積極的な理由もある。その中で強調すべきは、彼の周りの「精力的な方はほぼ」フリーターで、正規就職者であっても「バンドのために仕事をやる人が多い」こと、正規就職したサトシでさえも、フリーターが「ダメって思われる世の中」に対して、「何でだろうって疑問はある」と語られていることである。

 つまり、たとえ正規就職したとしてもバンド活動を中心に生活を組み立てる者が多く、正規就職それ自体を強く忌避することはないが、それのみが正当な生き方とされる点については、はっきりと疑問が述べられているのである。

 第二に、翻ってそんなかれらも、標準的ライフコースが「望ましい」とされることについては一定の理解を示している。つまり、その「標準性」や「規範性」を認識していないから夢を追うのではない。むしろ反対に、認識してなお夢を追い続けているのである。