ありのままでいることの価値

 その日、私は業界のカンファレンスでプレゼンをする予定だったので、航空機で早めに現地入りすることにした。そして空港に到着すると、わが社の本部長が同じ便に乗っていたことがわかった。私は彼のところに行って、挨拶をした。そして、カンファレンスにいらしたんですか、それとも別のご出張ですかと尋ねた。すると、カンファレンスに出席するんだよという返事のあと、「きみはどうやって会場に行くんだね?」と尋ねてくれた。タクシーで行くつもりですと応じると、「そうか、私は運転手が迎えにきていてね」と言われた。

 だが、彼はすぐ、こう言ってくれた。「一緒に乗っていくかい?」

 その後の45分ほどのドライブで、私たちはずっとおしゃべりを続けた。そして彼は、私が自信をもち居心地よくいられる会話の雰囲気をつくってくれたうえ、私のことをよくわかってくれた。こちらから無理やりレストランやバーに誘ったあげく、相手に無駄な時間だったと思わせてはならないとあせる必要はなかった。飲みに誘ったのだから、いいところを見せなくては、機知に富んだ会話をして相手を楽しませなくてはと気を揉む必要もなかった。それに、下心が見え見えのような気がして、恥ずかしい思いもせずにすんだ。あの車中で、私はただ自分らしくいられたのだ。

 そのうえ、彼には時間の余裕があった。駆けつけなければならないミーティングがあるわけではなかったからだ。私たちは45分間、車中に閉じ込められていて、その時間をひたすら楽しんだ。会話はごく自然に流れていった。なんの思惑もなく、ただ見知らぬ相手のことを知ろうとしただけ。

 会話のなかで話題になったことがあれば、私は彼に助言を求めた。私はウイットをきかせた会話をすることができたし、持ち前のユーモアを発揮することもできた。その結果、私が頭のキレる人間であること、物事を深く考え、洞察力もある人間であると、わかってもらえたのだ。私という人間の魅力を、ごく自然にアピールできたのである。

 カンファレンスで、彼は次から次へとミーティングをこなしていた。それでも、私のプレゼンの最後の10分に間にあうように駆けつけてくれて、すばらしいプレゼンだったと褒めたあと、きみには天性のプレゼンの素質があるとまで言ってくれた。

 その数週間後、私は彼の依頼で、彼の直属のチームにプレゼンをすることになった。その後、今日にいたるまで、私のもっとも信頼するメンターである彼との交流は続いている。

 他人が望む人物像を勝手に想像して、それに自分をあわせることなどできない。そもそも、どうすればいいのかわからないし、相手が望んでいることもわからない。相手にだって、自分がなにを望んでいるのかわかっていないのだ。

 だから、柔軟に考えよう。そして、ありのままの自分を見せるチャンスがやってきたら、しっかりとつかまえよう。そうなったら、もうおどおどせず、胸を張ってチャンスに臨もう。

 自分が望む方向へと他人を誘導するのは、なにも骨が折れる作業ではないし、つらいものでもない。無理をしてまでしなければならないことでもない。ちょっとしたきっかけでそうなることもあれば、少し世界を広げる努力をすれば自然とついてくることもある。

 とりわけ自分に対する認識を変えたいときには、あくまでも無理をせず、自然体で臨んでいこう。

(本原稿は『ハーバードの人の心をつかむ力』〔ローラ・ファン著、栗木さつき訳〕から抜粋、編集したものです)