ここでの魔女は、キリスト教によって悪魔視される以前の、叡智を備えた「賢女」、豊穣を実現するために悪の力と戦う善霊の権化である。

 こうした運動の指導者としては、マレーの議論を踏襲したジェラルド・ガードナー(1884~1964年)が有名だ。英国リヴァプール近くで生まれたガードナーは、森の魔女ドロシー・クラッターバック老から魔術の手ほどきを受けたとされる。

 彼の著書『今日の魔女術』(1954年)はマレーの影響下に書かれており、キリスト教以前の土着の信仰、多神教的世界観にもとづく現代魔術のバイブルと持ち上げられ、大きな反響を呼んだ。だが学問的な検証に耐えない思い込みや誤解に満ちていることは、指摘しておかねばならない。

 ガードナーの「ウィッカの魔女集会(ウィッカとは新しい魔女のこと)」は組織化され急速に成長した。そして移民を通じて英国からアメリカに伝わり、さらにはヨーロッパにまで支部ネットワークを広げていったが、1960年代以降にはいくつかの分派に分裂した。

書影『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書、岩波書店)『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書、岩波書店)
池上俊一 著

 ガードナーの考えるウィッカとは、大地母神たる女神と男神を崇拝し、儀礼は基本的に豊穣儀礼から成っていた。ガードナーの影響下に教義と実践を工夫していった伝統派は、その全体をまとめてネオペイガン(新異教派)と呼ばれている。

 彼以外にも、多くの心霊研究家や学識ある若い「魔術師」(ハンス・ホルツァーやスターホークら)が魔術の啓蒙本やマニュアル本を書いたり、新たなカヴン(カヴンとは肉親以上の深い絆で一生涯結ばれた数人から十数人の魔女の小集団)を結成したりした。

 場合によっては、ガードナーに淵源するウィッカとは色合いの異なる魔女も現れて、新流派が多数登場し、それらの中には1960~70年代に世界を席巻したサブカルチャー、アングラ文化と絡み合うものもあった。