思い込みはよくない、と頭ではわかっていても、多くのヒトが、大なり小なり何かを“決めつけて”生きている。そんななか、野生動物の行動を研究する動物行動学者の小林朋道氏のSNSに「思い込みをしないためにはどうすればよいか」との質問が届いた。果たして、ヒトは思い込みや決めつけから脱する方法はあるのだろうか。※本稿は、小林朋道『モフモフはなぜ可愛いのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
ヒトの“思い込み”は
脳が持っている特性
A 以下、私の仮説的答えである。まずは、次の文章を読んでいただきたい。
新年、あけしまて、おでめとうざごいます。
どう読まれただろうか。
これは、ネットを見ていたら、どなたかが(すいません。その方がだれだったか覚えていません)お話しされた、われわれの脳の特性を説明するために示された文章だった。
私は「新年、あけまして、おめでとうございます」と読んだ。読んだというか、読めてしまった。感じてしまったのだ。
さて、Twitterで質問された方が聞きたかったのは、簡潔に、そして少し修飾して言えば、「人では、自分の脳内にある(大抵は、それまでの体験の中で印象深く学習された)内容に従って状況を判断してしまう、一般に“思い込み”と呼ばれることが、なぜ起こるのか」ということだと思う(私の説明で余計に分かりにくくなったりして)。
自分が見聞きしたことから、関係者の心情や因果関係を、自分の脳内の大まかなストーリーに従って“思い込む”。「ある団体の人、数人と、ある話題について話をしたら数人とも同じ考えを言った」という経験をしたら、その団体の人はみんな、そう考えているのだろうと“思い込む”。そんなことだろう。
ホモサピエンスの脳の特性の一つに「省エネ思考」とでも呼ぶべき特性があることが知られている。
ある対象を見たり聞いたりしたとき、対象の細部を、脳内にある、これまでの主に学習によって蓄えられている記憶と細かく比較するのではなく、その対象の大まかなパターンが記憶内に見つかれば、その記憶をそのまま意識にのぼらせるのである。「細かく比較する」とその際の神経活動のために、かなりなエネルギーが消費されるため、それを避けるために「思い込み」があるというわけだ。
「新年、あけしまて、おでめとうざごいます」の例では、それを見たとき、それと大まかに似ている脳内記憶の「新年、あけまして、おめでとうございます」がすぐにヒットし、それが意識にのぼったのである。
通常は、この情報処理のやり方で、まず、うまくいくので、「省エネ思考」になる。