コパカバナのホステスたちは
バカそうに見えてじつは賢い

 当時の〈コパカバナ〉(編集部注/内外のVIPが集まった東京赤坂の最高級クラブ。ホステス時代のデヴィ夫人が勤めていた先としても名高い)は、〈グラマン〉、〈ロッキード〉、〈マクドネル・ダグラス〉、〈ノースロップ〉などのアメリカ人重役たちのたまり場だった。

 常連のザペッティ(編集部注/ニコラ・ザペッティ。ニューヨーク出身のイタリア系アメリカ人。海軍軍曹として日本に渡り、戦後の裏社会でのしあがった)は、数年通っているうちに、一部のホステスと特別な関係を築いていた。彼が航空機産業の最新情報にくわしくなったのは、そのせいだ。

 ホステスたちは、閉店後に金持ちのパトロンとデートするときには、彼のレストランをよく利用した。ニックがその代償として「サーヴィス料」を割り増しし、彼女たちの懐に入れたからだ。なかには、臨時収入のお礼にと、ただで彼と寝てくれるホステスも少なくなかった。

 コパカバナで交わされる最新ゴシップが、ニックの耳に入るのは、こうした寝物語のときだ。

 日本では一般にこう信じられている。――女は、一見バカそうに見えて、じつは賢いのが一番。

 コパカバナの女たちは、まさにこのタイプだ。とくに、貿易会社から産業スパイとして送り込まれたホステスに、これがあてはまる。

 彼女たちは客に、あるときは心にもないお世辞を浴びせかけ、こうした場所につきものの“大人のサーヴィス”を施したかと思うと、次の瞬間には、「タービン・サージ」だの、「フライト・アワーに応じた整備時間」だの、「F104に必要な三軸安定装置――ピッチ軸、ロール軸、ディレクション軸」だのと、専門用語を駆使した議論を展開し、またたく間に彼らを虜にしてしまう。

 彼女たちの話を聞いていると、ザペッティはときどき、航空機のセールスマンと話しているような錯覚をおこす。何を言っているのか、半分はちんぷんかんぷんだ。

 ホステスの1人を抱え込んで、航空機コンサルタントでもはじめようか――冗談半分でそう思ったこともある。どのバイヤーが最高値をつけるかを、事前にホステスに探らせて、飛行機をがんがん売りさばくのだ。

 しかし、やっぱりやめた。あのややこしい専門用語を全部マスターすることを思うと、気が遠くなる。